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小山内薫

ゆかりのある人物

小山内薫

1881-1928
劇作家、演出家、小説家。広島生まれ。東京大学英文科に学びながら同人雑誌に執筆し、森鴎外らに認められ執筆活動とともに、演出を志す。築地小劇場を創設し多くの西欧の戯曲を上演するなど新劇界の草創期をつくった。

大正十三年、築地小劇場を創設
 現在、わが国にはいろいろな新劇の劇団がありますが、もとをたどっていくと、ひとつの劇団にぷち当たります。それが築地小劇場です。築地小劇場は日本の新劇の幕開けとなった記念すべき劇団です。
 そして、この築地小劇場の創始者が小山内薫です。小山内薫が、築地小劇場を興したのは大正13年。場所は名に冠しているように、築地です。ここに、約500席の観客席からなる小劇場を建設しました。

翻訳劇のみの画期的な試み
 築地小劇場で行われた試みは、さまざまな面で画期的でした。たとえば、演じられるものは、翻訳劇。チェーホフ、ゴーリキーを中心とするロシア劇、ドイツの表現派劇や革命劇などです。「日本の既成作家の脚本には何ら演出欲をそそれられるものはない。われわれの劇場では当分翻訳劇のみを上演する」
 築地小劇場を旗揚げするにあたり、小山内薫はこう宣言しました。そこで「桜の園」「どん底」「三人姉妹」などの翻訳劇が次々に舞台で上演されました。それは、今まで翻訳劇など見たことのない当時の人々にとっては、鮮烈そのものでした。

日本初、世界初のものがずらり
 また、舞台そのものも、わが国で初めてという、画期的なものがたくさんありました。そのひとつが、クッペル・ホリゾントです。これは、上部が放物線状に湾曲した璧です。また、天井が高いのも特徴でした。そのために、小劇場ながら、素晴らしい舞台効果を上げていました。また、舞台照明もそれまでにないもので、上からいくつものライトが下げられました。そして、客席の頭上には、その当時、世界唯一とうたわれた舞台照明の配電盤、照明室が備え付けられました。

演出家として抜群の才能を発揮
 演出という言葉を創ったのも、この築地小劇場です。それまでは、舞台監督と呼ばれるのが普通でした。
 彼は、役者には細かい演技指導はせず、それでいて舞台全体をいつのまにか自分の思い通りのものに創りあげる才能にたけていました。
 彼の演出は、モスクワ芸術座から学んだものです。かつてモスクワに遊学した際、モスクワ芸術座に毎日のように通い、その演出方法を勉強しました。それが、彼の舞台づくりのもととなっています。
 ここで育ち、巣立っていった人たちのなかには、その後の日本の新劇界をリードした人たちが数多くいます。演出の千田是也、男優の滝沢修、女優の山本安英、村瀬幸子などです。
 小山内薫が亡くなったのは、昭和3年。彼の死を契機に劇団は分裂、劇場そのものは戦争で焼失するまで残りました。
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