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町人御能 |
江戸時代、能楽は幕府の式楽でした。御大礼と称した謡い初めの式、御婚礼、御元服、若君誕生などには必ず能楽を奏し、この時ばかりは町人にも能見物を許したそうです。これを「町人御能」といいます。町人御能は寛永年間に始まったようで、江戸の古町385町の町人が午前と午後の部に分かれて観賞しました。めったにないことですから、午前の者は夜明けから大手門外に集まり、町の印の旗を立てて、大層賑やかだったようです。明け六つ(午・時頃〉に開門となり、町人は御目付方の指図で門内に入りますが、この時、傘を一本ずつ賜わるのが慣例となっていました。幕府の事とはいえ、おめでたい折なので、役人はいささかも怒らぬ事を原則とし、町人たちも能が始まり、将軍や役人がみえるたびに「親玉」「成田屋」「日本一」などと大声をあげたといいます。まさに、無礼講の一日だったのでしょう。
なお、このはかに、幕府の許可を得て、収益を目的に健す勧進能もあり、鉄砲洲、新大橋際、八重洲河岸などでよく行われました。 |
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