[写楽さい]
2010年8月30日 08:30
町奉行所・八丁堀与力同心組屋敷のランドマーク的な場所が「八丁堀地蔵橋」であった。拝領地のほぼ中央に位置し、亀島川から西に向かっての堀割り(大下水)は地蔵橋(図上左=切絵図赤丸部)で南へ直角に曲がっていた。現在地は日本橋茅場町二丁目と三丁目の丁界でさくら通りとすずらん通りの交差点辺りである。
この付近には、与力で賀茂真淵門人の加藤枝直・千蔭父子や村田春海などの名が古地図に載っている。そして阿波藩の能役者・斎藤十郎兵衛の居宅もあって謎の浮世絵師・東洲斎写楽だったのでは、といわれている。八丁堀の七不思議にも「地獄の中の地蔵橋」「地蔵の像なくして地蔵橋」などと引き合いに出されている。
幕末の与力・佐久間長敬(おさひろ=1839-1923、原胤昭の実兄)は『嘉永日記抄』で次のように記している。「組屋敷内に石の橋があった。旧与力・多賀仁蔵の門前に、すべて自分普請で架けた石橋で、『仁蔵橋』と称していたが、その家が潰れたあと、与力の共有にして「地蔵橋」と改称した。また昔、橋の際に小さな石地蔵があったが、大火のために焼き崩れた、ともいう」。
明治40年(1907)の地図には暗渠らしい形跡になっているので、すでに橋は撤去されていたようだ。永井荷風『断腸亭日乗』昭和10年(1935)の条に「近年埋立られし市中の溝渠・・・八丁堀地蔵橋の辺」とある。
この地蔵橋とゆかりの寺が港区三田にある。曹洞宗・梧棲山玉鳳寺(ぎょくほうじ)で、国道1号線・魚籃坂下から幽霊坂(写真下左=坂上からの眺め)を上る途中にある。坂名のごとく今でも周囲には寺があり、急坂の狭い道である。山門の左脇に地蔵堂(写真下右)があり、港区民俗文化財の化粧延命地蔵、通称「おしろい地蔵」(写真上右)が祀られている。堂内に入ると甘ったるい香りが漂い、白く塗られた地蔵が鎮座する。奉納帳には「何が何でもきれいになりたい・・・」と女性たちの真剣な(?)書き込みがあった。
同寺は慶長4年(1599)に八丁堀に開創された寺院で、江戸城拡張工事に伴い三田が寺町として指定されたため、寛永12年(1635)に移転した。山門左手にある地蔵堂に安置されたこの地蔵は、寺伝では、寺が移転する前の寛永年間に八丁堀の地蔵橋畔に捨てられたものを、当時の住職格翁宗逸和尚が修復し、白粉を塗って祀ったところ、和尚の顔面の痣(あざ)がきれいに消えたので、人々が自分の体で病気のあるところと同じ部分に、白粉を塗って祈願するようになった、といわれる。今も病気平癒の祈願のために白粉を塗る参詣者があり、信仰が続いている。
[銀造]
2010年8月27日 10:00
ギンザタイムスで、毎週水曜日・無料のランチタイムコンサートが案内されていますが、
一度はと思っていても、中々チャンスがありませんでした。
進行役のマダム中村の穏やかな笑顔とお人柄を何度と無く写真で拝見しているうちに、
あれ、「何処かであった、女優さんか、アナウンサーの方に似ているなっ!」と思ったのは
つい先週でした。 さて、会場に到着して、自己紹介をして、写真撮影の許可を頂きました。
音楽好きのお客様で満員御礼です。 今か今かと待ちわびておられます。

演奏中の女神達の写真は肖像権に抵触するので、許可済みの物を頂きました。
十字屋さんのHPは、次の通りです。 皆さんも、是非お出かけ下さい。
http://www.jujiya.co.jp/
[サム]
2010年8月26日 16:30
銀座・ミキモト本店(銀座4)前<ミキモトガーデンプラザ>に「秋の七草」が登場。(8月30日まで)
残暑まだ厳しき折ながら、秋の気配が近づきつつある事を感じさせてくれる。
萩・尾花・葛・撫子・女郎花・藤袴・桔梗・・・秋の野の花が咲き乱れる野原を散策し、眺め、愛で、短歌や俳句を詠むことが、古来行われていたと云う。
6月15日付けでご紹介した「アジサイ」のあと、「七夕に因み季節の七草(西洋小判草・紫君子蘭・風知草・藪甘草・撫子・桔梗・姫石榴)」「花蓮(アメリカ黄蓮・緑地美人・大賀蓮・天女散花・細碗碧蓮・白孩蓮・嬌容水杯・寿星桃)」「コンロンカとセイロンライティア」等各々季節感のある花が飾られ、目を楽しませてくれている。

[illy-ship燦壱朗]
2010年8月25日 15:00
江戸時代後期の禅僧であり画家としての方が有名な仙厓(せんがい)和尚。
彼の作品を見ると思わず笑みがこぼれます。
新富町に「仙厓」という名の素敵なレストランがありました。
料理長が仙厓さんの大ファンで、同名のお店を四谷荒木町でやっていたものを、昨年11月新富町に現オーナーと拡張移転オープンしたものです。
店内には、トイレに至るまで仙厓さんの絵が飾られています。料理も抜群です。
同じく仙厓ファンであるブログ子は感激でした。
新富町1-9-4 ファンデックス銀座ビル1F うまいもの処「仙厓」
※HP及びオーナーブログもあります。
因みに、隣の千代田区ですが、出光美術館にて9月下旬より「生誕260年仙厓展」が開催されます。
[まぴ★]
2010年8月24日 14:30
銀座立田野の本店は銀座通りの6丁目~7丁目の間、ヤマハビルの斜め向かいあたりにあります。
店内ではあんみつなどの甘味だけではなく、人気の釜飯など食事もできるようです。
本日は時間がなかったため、お土産を購入。
パッケージが可愛くて美味しそうだったので、炎天下なのにプリンを2こ購入したのですが、
保冷剤を多めに入れて下さいました(*^^*)
女性の店長さんがとっても感じのいい方で、お名刺も頂きました!
特派員活動とブログのお話をさせて頂いてたのですが、
団体のお客さんが来られたので、失礼しました。
また次回ゆっくりとお邪魔したいと思います。
和菓子やさんのプリンとは思えない、プレーンな美味しいプリンです。
ちょっと苦めのカラメルソースが香ばしい、一番好きなタイプの焼きプリン。

そしてこれが立田野焼。生地がもちもちで、
バターの風味なのか卵の風味なのか、香ばしくて、香りもとてもいい。
お店の名前つけてるだけあってさすがに美味しいし、
こしあんがやさしい味で、あっさり~(*^^*)

お店のロゴなのか、この紅葉マークが可愛い。
紙袋の内側の上部に紅葉が散りばめられてあって、しっかりしていて、高級感のある粋な紙袋です。

デパ地下でよく見かけるから全国展開してるのかと思ったら
関西にはないみたいなので、これも帰省のお土産によさそうです!
銀座立田野のホームページ
[サム]
2010年8月24日 14:00
江戸・明治・大正時代を経て関東大震災に至るまでの一般的な商家(店舗兼住宅)建築の一つに、軒が大きく前面に張り出した「出桁(だしげた)造り」と呼ばれるものがある。
梁(腕木)を柱の外に突出して、出桁を乗せ、その上に垂木(たるき)を架けて瓦屋根を支えるという力学的な構造が露になった造り。
庇の深い立派な軒が機能的な装飾となって、商家の格をも示したと云われる。
これに加えて、裕福な大店に見られたような、防火対策上、土壁を塗った「蔵造り」や「塗屋造り」が伝統的商家(町家)建築とされる。
佃島地区はその大部分が関東大震災、東京大空襲を免れ1950年代まで漁業集落的機能を留めていたなかで、佃堀と呼ばれる船溜りと共に、この出桁造りの小規模な商家建築とそれらを縫う路地が残在する。そして古い構えを踏襲し営業を続ける佃煮屋。堀を挟んだ旧石川島地区には超高層マンションが圧倒するように聳えているが、その新旧の対比も面白い。
建物は未来永劫続くものではないが、建物の歴史は人々の生活の歴史。そこで数々の暮らしが営まれてきた。「木は千年の命を持つ」とも云われるが、長寿の木造建築物には幾多の人々の想いと温もりを感じる。