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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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月島温泉  開運を 清めて祈る 月の島

[銀造] 2011年6月27日 19:32

 今日は、月島温泉へやってきました。 月島西仲通り商店街、月島開運観世音様と同じ番地にあります。

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 この銭湯は、地域の方々とのふれあいを非常に大切にされている感じがよく伝わってきました。

今日は沢山の小学生がお風呂を楽しんでいました。

昔の小学校の修学旅行を思い出しました。

 

そう、きょうは「ふれあいデイ」です。

「ふれあいデイ」は本年9月まで、第2、第4金曜日。

 

 

 

 

 

 

 

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そして、月島開運観世音では、「開運小判」が500円で譲って頂けます。

今度の、ビッグチャンスを物に出来ることを願ってgood 

 

 

 

よおくお参りして、お賽銭を納めて、開運小判を頂きました。

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 こちらでは、銭湯spaの設備を公平に楽しんで頂くために、

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「毎週月曜日が男湯女湯の入れ替えになります」との

ご案内です。

 

 

 

月島西仲通り商店街には、もんじゃを食べに来るお客様で溢れていました。

もんじゃを召し上がる前後の一風呂、如何でしょうか?

アクセスは、http://www.city.chuo.lg.jp/kurasi/komyunitei/fureaisentou/files/A4-ura.pdf#search='

 

お風呂の設備は、男湯についてご説明しますと、ガラッと開けて、右側の奥に大浴槽。

左から電気風呂、湧水温水風呂、背中に優しいジェットバス、そしてお隣の浴槽は、今日はジャスミン風呂。 反対側の奥には冷水風呂。引き締まります。 そして、サウナが別料金¥320で利用できます。Enjoy your life.

 

 

 

 

 

◎特派員の商店街訪問(第18回)◎にぎわいと便利さ/ 勝どきサンスクエア商店会

[グッピー] 2011年6月 9日 08:30

商業の中心地・ 中央区 には元気な、にぎわい商店街が数多くあります。


地元から愛され、住民とともに栄え、親しみのある商店街を、特派員が訪ねて、見て、聞いた商店街の"今日そして明日"。そのイキイキとした魅力と活力、とっておきの情報などをお伝えしている、 中央区 の商店会・商店街を紹介する「特派員の商店街訪問」第18弾です。

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◎特派員の商店街訪問(第18回)◎

にぎわいと便利さ/ 勝どきサンスクエア商店


晴海・豊洲で万博開催予定のための顧客I送迎用に、昭和15年に完成したのが築地・月島(勝どき)を結ぶ勝鬨橋(開閉橋)です。

以降、戦前より勝鬨橋から通り沿いに飲食街ができました。

 

今回は、「勝どきサンスクエア商店会」会長の石井善光様のお店「居酒屋割烹"やまに"」店をお訪ねし、お話を伺いました。

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「勝どきサンスクエア商店会」 会長 石井善光様

 

Q.「勝どきサンスクエア」成立の経緯について

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勝どきサンスクェア正面(2階郵便局・右地下鉄勝どき駅)

<会長>勝鬨橋を渡って晴海通りと清澄通りの交差点左側に、平成8年に都市再開発ビル「勝どきサンスクエア」が完成しました。晴海通り沿いの同地区商店街が「勝どきサンスクエア」の地下1階(地下鉄大江戸線勝どき駅直結)・1階・2階へと入店し、早いもので15年になりました。


Q.商店会の規模や特徴については如何でしょうか

<会長>総店舗数43店舗(地下1階11店・1階18店・2階14店)あります。職種は飲食店が24店と多く、居酒屋・レストラン・喫茶店等があり、物販店はスーパーを含め13店、サービス業が6店、その中に郵便局・銀行ATMコーナー等の公共サービスに至るまで、日常生活に必要な店舗が揃い、非常に便利です。


Q.お客様層については如何ですか

<会長>お客様は、昔からの馴染み店に通われる方から、近隣のビジネス街のサラリーマン、最近新しく出来たマンションの新住民の日常の買い物に至るまで、多層各地区からお見えです。

<会長>居酒屋割烹「やまに」の店には、川向こう、特に築地・新橋地区(朝日新聞・電通)からもタクシーを利用して、今でもお見えになっていただいています。

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居酒屋割烹「やまに」


Q.商店会のサービスについては如何ですか

<会長>商店会としては、特別な統一イメージ・キャンペーンは打ち出していませんが、郵便局をはじめATM等の公共サービスも入っており、日常の商業活動を通して、地域と一体化を図っています。 ck0915_11060704.jpg
地階スーパー


Q.近隣商店街との差別化については如何ですか

<会長>最近、近隣にも大型商業施設が進出してきていますが、2~3か月で元に戻っており、各店の特長を活かして、精一杯お客様の便宜を図ることに努め、総括的景気の回復を待っております。
 特に物販店にとっては、高級志向は銀座、大衆品は最寄りの量販店へと流れやすく、各店とも特徴・特色づくりに精を出しています。

<会長>交通の便は、勝どき地区では一番の便利な角地にあり、地下鉄・都バス・江戸バスの便も良く、近隣には駐車場・地下駐輪場もあり、遠隔地からのお客様にも大変便利となっています。

<特派員>ビル隣接の地下広場にあたる一帯が、ビル街の中にあって、円形に飲食店が並んだ演出には「ゆとり」「やすらぎ」を感じました。夕方になると提灯に明かりが灯されると思うと、改めて伺ってみたいと思いました。
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ビル隣接の地下広場(周りを飲食店が囲む)



Q.年間行事や7~8月の行事については如何でしょうか

<会長>東日本大震災・福島原発災害等の時節柄、「東京湾大華火祭」の中止のように、お祭り等の派手な催しは控えるムードがありますが、ご存知の不況風が相変わらず吹いており、特売等の強化策も長続きせず苦慮しています。特に多数を占める飲食店の多くが苦戦しており、会員の皆様と知恵を出し合いながら災害地の支援を兼ね物産キャンペーン等を積極的に図るべく区役所の担当当局と検討しております。

Q.会長の今後の抱負は如何ですか

<会長>秋頃に15周年記念を企画しており、それにあわせて、早く世間の景気も良くなり、昼夜にわたる多数の来場者の増加を今後に期待して、頑張って行く所存です。

取材後記
 石井会長は居酒屋割烹「やまに」のオーナー経営者であり、お店は夕方からにもかかわらず、日中の貴重なお時間を割いていただき、かつ各種の質問にも丁寧にお答え頂きました。大変ありがとうございました。

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サンスクエアビル(郵便局・地下鉄入口)    サンスクエアビル裏 地階入口

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隣接マンション             近隣商業ビル


 中央区在勤の皆さん、地元の皆さん、最近の新規商業施設の開発が続き活況に溢れるこの「勝どき地域」に一度お見えいただき、地域の変貌ぶり活況ぶりに、私と一緒に感嘆してみませんか!






 

 

江戸時代の佃島・石川島

[ジミニー☆クリケット] 2011年6月 3日 21:18

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fuji葛飾北斎「富嶽三十六景 武陽 佃嶌」 wave

江戸時代は、ほんとにこんな小さな島(埋め立て地)だったんですねship

以前、石川島資料館(中央区佃1-11-8)に行った時、佃島・石川島の歴史が、その埋め立ての変遷とともにわかりやすく説明されてあったので、図書館でもっとくわしく調べたいなと思ってさがしていたら、ありましたsign01しかもおひざ元の中央区立京橋図書館地下2階の地域資料室にflair

書籍名は、「江戸城下変遷絵図集-御府内沿革圖書-」、編者・監修者は、「幕府普請奉行(!)編解説監修朝倉治彦」、出版社は原書房。全20巻の8巻目に、佃島の変遷がわかる絵図が載っています。

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upwardright【1673年以前】石川島は、もともと隅田川河口の鎧島(よろいじま)を船手頭石川八左衛門が拝領して屋敷を構えて以後、石川島と呼ばれるようになったらしいです。

佃島の佃小橋って、昔からあったんですねhappy01

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upwardright【1790年】人足寄場ができました。ちなみに、人足寄場の提案者は、江戸の火付盗賊改方長官の"鬼平"こと長谷川平蔵だそうです。

人足寄場は、軽犯罪者等の社会復帰施設(≒更生施設、職業訓練所、療養所)だったそうですよshine

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upwardright【1792年】石川さんちが人足寄場附増地になってます。

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upwardright【1862年】全島が人足寄場になってます。

とにかく、この本は、まさに江戸城下の土地(利用)の変遷をとても丁寧に見せてくれていて、読み始めると(ながめ始めると?)、時間がたつのも忘れてハマっちゃいますgood

ご参考までに、中央区立京橋図書館は、中央区役所内地下1,2階にあり、平日利用時間は9時から20時までですが、地域資料室は17時までですdanger

 

 

第10回 晴海 晴っ呼まつり

[ukiuki] 2011年5月27日 14:30

5月20(金)~22日(日)に晴海トリトンスクエアで開催された

晴っ呼(はるっこ)まつりに行ってきました。

 

第10回を数えるこのおまつり、

内容は縁日・屋台、キャラクターショーと区民によるステージ、

リサイクルマーケット、ワークショップと盛りだくさんです。

 

「うまいもんブース」には能登の焼きカキ、北海さざえ煮、

広島焼き、中華点心等など。

11時の開催直後ですが、沖縄オムソバには行列が。

 

山田牧場 肉の串焼き(特大!)を食べつつ

一杯飲んでるお父さんも見かけました。

IMG_0487.JPG  IMG_0488.JPG 

 

縁日のコーナーでは、百円を握り締めた子ども達の姿が。

みんな目がキラキラと輝いています。

いつの時代も子ども心をわしづかみにしますね。

 

特設ステージではこの日スイートプリキュアのショーということで

可愛らしく着飾った女の子の姿を多くみかけました。

 

風の強い一日でしたが、

家族向けの出し物が数多く、とても楽しめた催しでした。

 

 

 

佃・月島に縁のある文化人たちの資料展示

[坂の上のねこ] 2011年5月26日 16:30

今年の2月末~3月初に、月島図書館で、佃・月島に縁のある文化人たちの資料を展示した「月島図書館所蔵資料展」が開催されました。現在もその一部が図書館内に展示されていますので、本展を見逃した方はぜひいらしてみてください。

P5180307.JPG 銀座を始め、東京の風景スケッチで有名な小川幸治さん(湊生まれ・学生時代に月島の長屋に下宿)の色紙

P5180290.JPG(左)昭和世代には特になつかしい佃公彦さん(昨年、木挽町病院にて永眠)の色紙

(右)中央区の子供用図書館バッグは佃さんのイラスト入り(大人の私も欲しい!)

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 (左)南伸坊さんは、著書「ご町内の皆様」に、結婚後月島に住み、その後晴海に移ったことを綴っています

(右)木村荘八さんは日本橋生まれ。海水館に滞在していたこともあるそうです 

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(左)私は佃に越してきて間もない頃、四方田犬彦さん('88~'94年に月島の長屋に在住)の「月島物語ふたたび」を月島図書館で借りてきて、夢中になって読みました。ちなみにこの色紙には描かれているねずみ男の生みの親、水木しげるさんもかつて月島(現・勝どき5丁目)に住んでいたそうです

(右)月島に住んでいたことがある石田衣良さんの「4TEEN」には、月島に住む14才の少年たちの姿が描かれています(月島図書館でこの作品を読んだときの私は、登場する少年たちの年齢を合計したくらいの年でしたが・・)。

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月島の古書店・文雅堂で住み込みで働いていた出久根達郎さんの「佃島ふたり書房」も、私は月島図書館で借りて読みました。

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このミニ展示は6月に入ってからもしばらく見られるそうです。正確な展示期間は月島図書館(03-3532-4391)にお問い合わせ下さい。それにしても、私は月島図書館のおかげでこれまでいろいろな佃・月島関係の本を読んできました。いつもお世話になり、ありがとうございます!

 

 

 

昔ここに〝万博計画〟があった・・・・<晴海の歴史>編

[下町トム] 2011年5月24日 08:30

豊海から晴海を望む.JPG



〔晴海〕は今また新たに発展しつつある地域です。

この画像は豊海方面から晴海を望んだところですが、〔晴海トリトンスクエア〕の高層ビル群がよく見えます。これ以外にも、高層マンションなどが新しく増えつつあります。


晴海ふ頭方面を望む.JPG


晴海埠頭へ延びる広い道路は、街路樹が海への憧憬を表現しているかのようです。この奥にはかつて〝国際見本市会場〟があり、時代の最先端を表す実験空間として全国から注目されていたものです。

 


幻五輪.jpg

そもそも、晴海地区では、戦前「国際博覧会」(万国博)の開催が計画されていました。具体的なプランも完成し、一部チケットも売り出されたそうです。さらには、東京市役所(当時)の新庁舎建設計画もあったとのことです。

1940(昭和15)年に予定されていた万博開催計画は、結局戦火が近づく中、中止となりました。



晴海三丁目を望む.JPG

万博会場のメインゲートあたりだったと思われる〔晴海三丁目交差点〕に立って、当時のことを想像してみます。おそらく今〔晴海大橋〕に続く道路のあたりに、中心的なパビリオンが建設予定だったはずです。もし博覧会が開催されていたら、この町はどのように発展したのでしょうか。


 

〝万博〟は夢に終わりましたが、その時に移動経路として計画された〔勝鬨橋〕は完成し、中央区の名物風景の一つとして親しまれています。中央区がこれからも時代の夢を語る土地であってほしいと願うばかりです。