[北遊人]
2011年4月 3日 17:50
"新参者"で日本橋人形町界隈をすっかり有名にしていただいた東野圭吾さんが講談社より新しく"麒麟の翼"を出されました。
「その男が日本橋交番の脇を通過したのは、、、、、、」という書き出しで始まる推理小説です。
改めて"日本橋"を見てみようと出かけました。
今日は、4月3日、現在の日本橋が架橋されて百年目の記念すべき日でした。
しかし、東日本大震災の勃発によりイベントはすべて中止となりました。
老舗の方々が募金活動とチャリテイセールをされておりました。
静かな日本橋をご覧ください.

募金活動をされている方々を除き人通りが途絶えています。
交番に目を移します。
手前に桜が咲いてます。
シダレザクラ、別名イトザクラ。バラ科 とあります。
ちょうど今が満開です。

小説のタイトルの麒麟像を撮影します。

今日は、橋の上からすっかり準備完了の船着き場を眺めて帰ることにします。

小説の方は、人形町、日本橋界隈が登場しますので場所やお店を頭に浮かべながらお読みになると興味が増すでしょう。
[北遊人]
2011年3月30日 08:30
甘酒横丁商店会の桜祭りも、此のたびの大震災のため急遽中止となりました。
今日は、だいぶ暖かく感じましたので浜町川緑道へ桜の花を探しに行ってきました。
中程の弁慶像のところの木に一輪見つけました。
わかるでしょうか。

真下の弁慶像です。
人形町は、江戸時代芝居街として栄えていたことを記念しここに"勧進帳"の弁慶像を設置したとのことです.後方にある木の門は冠木門だそうです。

この緑道には北側に"漢方医学復興の地"の碑があります。
チョット分かりにくい所かもしれません。

桜の方は、来週の半ばというところでしょうか?
清洲橋通りを横切り、浜町公園へ向かいます。
明治座前の公園入口の並木道の垣根の"赤目"が大分色づいてきました。
木瓜も満開です。

公園の桜はまだ一輪も咲いていませんでした。
小さな池に子供たちが集まっているので覗いてみました。
池の中を見てください。

そうです。オタマジャクシです。

目を土手の方へ向けますと、真っ白な"雪柳"と赤い"花桃"が桜の花の先がけとして覇を競っていました。

[小江戸板橋]
2011年3月28日 09:00
「新大橋」は、隅田川に架かる斜張橋で、中央区日本橋浜町と江東区新大橋を結んでいます。
昭和52年3月竣工。
橋の中央の橋柱には、安藤広重の江戸名所百景「大はし あたけの夕立」の絵と、明治45年架設の旧橋のレリーフがはめ込まれています。
時代を継いで移り変わった「新大橋」の姿が、そこに描き出されています。
橋の西詰北側に、大小二つの碑があります。
巨大な石碑は、関東大震災の「避難記念碑」。
左側の小さな石碑は、「人助け橋のいわれ」の碑です。
新大橋は、かつて「人助け橋」と呼ばれ、親しまれていたそうです。
大正12年9月1日に発生した関東大震災の折、隅田川に架かる多くの橋が火災で焼け落ちました。
その中で「新大橋」は、火災をまぬがれ、多くの人命を救い、避難路としての役割を果たしたのです。
明治45年架設の旧橋の時代です。
火災を避けて避難する人々は、荷物を携え、逃げ道を求めて、橋に殺到しました。
いかに鉄製の橋といえども、荷物に火が移れば、燃え盛る炎は一気に橋上を走ります。
誘導に当たった警察官は、体を張って荷物を捨てさせ、延焼防止と避難路の確保に努めたといいます。
小さな石碑は、その勇敢な行動をたたえて建立されました。
職責をまっとうした警察官の行動が碑文として残るなど、なかなか無いことです。
この警察官の陰に、誘導、救助、消火などに、身命をなげうった、多くの人々がいたことでしょう。
とっさの判断で、群集を適切にさばいた警察官が、それら名も残らないけれど、使命を果たし、支えあった人々の代表として、碑に刻まれているのだと思います。
大震災の中で、困難に立ち向かっている多くの人がいます。
「がんばれ!」と強く念じます。
[坂の上のねこ]
2011年3月28日 08:45
昨年9月のブログ記事でご紹介した、リバーサイド・オータムフェスタの抽選会で当たった「東京水辺ライン」のチケットを利用して隅田川クルーズを体験してきました。本当は桜が咲くのを待ってから・・と思っていたのですが、使用期限が迫ったこともあり、ひと足早いお花見クルーズとなりました。
私たちが選んだのは「両国・お台場クルーズ」コース。越中島から乗船して、聖路加ガーデン前→浜離宮→お台場海浜公園→浜離宮→聖路加ガーデン前→越中島→両国→桜橋→両国とぐるっと一周します。
他にも様々なコースがあり、季節によって臨時船もあります。詳しくは東京水辺ライン のウェブサイトをご覧下さい。
私たちが乗船した「さくら」
行きのお台場までは、暖かい船内でのんびり。ゆったりした座席は心地よくて、思わず居眠りしそうに。帰りは写真を撮ろうと、寒さをこらえて船上デッキに出ました。
ご存知レインボーブリッジ。橋を支える左右ふたつの主塔の間の距離は、根元の部分よりてっぺんの部分の方が11ミリメートル広くなっていますが、これは地球が丸いからなのだそうです。スケールの大きさを感じますね。
(上)勝どき橋、中央大橋、清洲橋と、上流に向かっていくにつれ、スカイツリーがだんだん大きく見えてきます。
(下)桜橋ではこんなにも間近に

途中、たくさんの橋の下をくぐりました。そのうち、駒形橋、蔵前橋、厩橋の3つは、関東大震災後の復興計画の一環として建設されたそうです。この時期、隅田川には他にもたくさんの橋がかけられました。東日本大震災から2週間あまり。復興までの道のりは困難ですが、90年前の人たちが大震災のあとにこうしていくつもの橋をかけたことを知り、「明日に架ける橋」という曲を思い出しながら、青空にそびえるスカイツリーを見上げていました。
[銀造]
2011年2月21日 08:30
2月19日、銀座~京橋、日本橋の名所旧跡と名店紹介で、楽しく浅草まで歩きました。
そんな楽しいシーンをパチリ! と撮影しましたので、ご報告。
先ずは、銀座でのスタート風景。目の少し不自由な方も元気に3年連続ご参加。

京橋の親柱、桶町の千葉道場跡、京橋、日本橋の名店をご紹介し名所旧跡を訪ねました。
昨年10月にオープンした、コレド室町にては、日本橋だし場にて、美味しく温かいカツオだし
を楽しみました。 人形町には3時3分前到着。仕掛け時計を楽しみました。


甘酒横丁経由では、亀井堂さんが無料配布のお煎餅を頂きました。
そして、薬研堀不動尊では、弘法大師様尊像、講談発祥の地碑、順天堂大学発祥の地碑
などを拝んで、両国橋の唄を披露したり、浅草橋に入りました。

この楽しい催し。2月26日は銀座三越から月島でもんじゃを食べるフリーな時間を入れて
設定しています。もちろん、レバーフライもお勧めです。(食事代は各自負担)是非、ご参加を!
詳細は、下記をクリックしてください。
http://tcgc.5.pro.tok2.com/course/11tokyomarath.pdf
[北遊人]
2011年2月 4日 08:30
2月3日、今日は節分です。
節分には豆撒き、夜暗くなりますと"福は内、鬼は外"の声が聞こえたものですが、、、最近トンとお耳に掛かっておりません。
お天気も良いので水天宮へ出かけてみました。
午後2時から始まるとのことで、皆さん特設舞台の前に集まっていました。
これが会場全景です。

第一回目の豆撒きが始まりました。

第二回目は、小さなお子さんも参加しています。

日本橋消防署のキャラクターも参加しています。


笠間稲荷神社を覗いてみましたら、次は4時とのことでした。
やはり特設の舞台が作られていました。

もうちょっと足を延ばして、薬研掘不動院へ行ってみました。
こちらは夕方のようです。

明日は、立春です。
梅の花が早い春を運んできてくれているようです。