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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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大江戸まつり盆おどり大会  区立浜町公園

[ムーミン] 2011年8月31日 09:00

   8月26日、27日 浜町公園で 大江戸まつり盆おどり大会が予定されていましたが、26日は あいにくの大雨で中止になりました。

 27日は猛暑もやわらぎ 二日間を 一日に凝縮したような来場数とにぎやかさでした。

 今回の祭りは 「がんばろう 日本! 」 を合言葉に 東北地方を主に8県のアンテナショップが出店しました。16時からのいろいろなイベントの後 18時35分から盆おどり大会がはじまり 踊りの輪がどんどん大きくなりました。浴衣以外の人も沢山楽しそうにおどっていました。盆踊りは「これがお江戸の盆ダンス」の曲を最後に20時50分に終了し 締め太鼓の音をききながら 踊っていた人達も みていた人達も名残惜しそうに それぞれの帰路にむかいました。来年の盆踊り大会が待ち遠しいです。

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世界湯は 人形芝居を 見て育ち

[銀造] 2011年8月 6日 19:30

世界湯は、甘酒横丁の笹新さんの所を右折した人形町2丁目にあります。

 周りは民家とか粋な飲み屋さん、居酒屋さんの界隈にあり、ちょっと探すのは難しいかも知れませんが、そんな時には空をみ見ましょう。 ニョキッと伸びた煙突が目印です。

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中央区銭湯マップは、こちらです。 お楽しみ下さい・

 http://www.city.chuo.lg.jp/kurasi/komyunitei/fureaisentou/files/A4-ura.pdf#search='

 湯上りは、甘酒横丁とか、粋な人形町での夕べをお楽しみ下さい。 Ginzo

 

 

日本橋 スタンプラリーで 銀座まで

[銀造] 2011年8月 4日 08:30

 前回、ご朱印帳の事をお話しましたが、http://www.chuo-kanko.or.jp/blog/2011/03/post-688.html今日はそれからの集印をご報告します。集印はとても楽しく、夏休みのお子さんの絵日記とか、良い想い出になればと希望しています。 それでは、日本橋より出発runっ!

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 貨幣博物館でもスタンプを押せます。 右の日本橋、京橋、銀座の郵便局では、切手を50円以上買うと、素敵な消印を押してくれます。 くれぐれも、この印と指定して下さいね。日本橋郵便局は、日本橋1-18-1 、京橋郵便局は築地4-2-2、銀座郵便局は銀座中学校の近くです、これをご参考にして下さい。http://www.chuo-kanko.or.jp/blog/2011/03/post-652.html

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続いて、京橋。左は、「宝くじドリーム館」、右は東京国立近代美術館フィルムセンターです。http://www.chuo-kanko.or.jp/blog/author27/2011/03/

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京橋の警察博物館。警察官の制服を着て、白バイに乗車もできますよ。

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 銀ブラをして、お買い物、お食事を楽しんだら、レシートを貼って記念にしましょう。

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まだまだスタンプを押してくれそうな所があると思います。良い想い出を作って下さいrunrun 

 

 

賀茂真淵 県居の跡

[浜太郎] 2011年7月31日 22:18

賀茂真淵と言えば本居宣長、平田篤胤、荷田春満と並び、国学の四大家の一人として、現在でも評されています。その賀茂真淵の碑文が清洲橋通りの日本橋久松町側の壁面に掛かっています。

賀茂真淵は現在の浜松市で生を受け、37歳の時に京都伏見の荷田春満の許に入門。

師春満亡き後、真淵41歳の時、江戸に下り、田安宗武(八代将軍 吉宗の次男)に和学御用に取り立てられ、邸も田安門内に与えられました。

1764年、真淵68歳、住居を日本橋浜町に移し、自らこの新居を「県居」(あがたい)と呼んだ。「県居」とは、「田舎住まい」という意味で、家も庭も田舎風に作った住まいだったのでしよう。

碑文よると「県居」の位置が、この地点より北東約100メートルの辺り、とありますので、多分写真の赤いバスの付近(現在の日本橋浜町一丁目)と推測します。

この浜町の「県居」で、よく「月見の歌会」を開き、その時の歌が碑文に詠まれています。

「露がびっしり下りた原をかき分けて」とある通り、当時この辺りは、虫の音が聞こえる原っぱで、今日では想像できない、風流な田舎であったと思います。

1769年、真淵73年の生涯の中、この地には6年間しか居なかった割には、「県居」として最も愛した土地ではなかったかと、私なりに勝手に想像しています。

 

 

 

歌舞伎の舞台を訪ねてー玄冶店ー「与話情浮名横櫛」

[滅紫] 2011年7月31日 11:36

「与話情浮名横櫛」は通称「お富与三郎」「切られ与三」として知られている歌舞伎の人気演目で、最近では歌舞伎座さよなら公演として昨年1月、「与三郎・お富」を「染五郎・福助」で上演されたのをご覧になった方も多いことでしょう。この狂言は長唄の四代目芳村伊三郎の実話を元に、一立斎文車が講釈にしたものを原作として三世瀬川如皐が歌舞伎狂言に脚色したもの。初演は嘉永6年(1853年3月江戸中村座、八代目団十郎、5代目菊五郎)9幕30場の長編ですが、今は二幕目「木更津浜辺見染」四幕目「源氏店妾宅場」の上演が殆どです。


「御新造さんへ、お内儀さんへ、お富さんへ、いやさお富、久しぶりだな」のよく知られたセリフで始まる四幕目の「源氏店」の舞台となったのが今回の「玄冶店」です。当時玄冶店は江戸の妾宅街として有名でそれをはばかり「玄冶」を「玄治」→「源氏」と置き換え、場所を鎌倉に移し「源氏店」としたとのことです。

玄冶店は現在の人形町3丁目交差点付近で交差点の三菱UFJ銀行の隣のドラッグストアの前に史跡碑が立っています。中央区教育委員会の名前で立てられている説明板によれば

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「江戸時代初期、新和泉町のこの辺りは幕府の医師であった岡本玄冶の拝領屋敷があったことから「玄冶店」と呼ばれていました。中略 拝領屋敷は「寛保沽券図」によると「表京間六十間裏行京間二五間、坪数千五百坪」とあります。当地にはその後九代にわたって子孫が住み、明治維新で地所を奉還したと伝えられています。後略」

ご存知の通り、「店」は借家のことです。家光の痘瘡を治療して有名になった玄冶は拝領屋敷(広い!ですものね)に借家を建てて庶民に貸したので「玄冶店(玄冶の借家)」


100_0150.JPGその後一帯の通称となったようです。三菱UFI銀行の裏には「橘稲荷神社」(将軍家から下賜され、岡本家の家紋である橘の名前を取った。火除けの神様として信仰されているそうです)、「旧末広亭」跡があり、ミシュラン三ツ星の「玄冶店濱田家」さんもすぐ傍です。交差点から1ブロックの狭いエリアですがちょっとタイムスリップして歌舞伎の世界に遊んでみませんか?「粋な黒塀、見越しの松」を背景に赤い糠袋をくわえ蛇の目の傘をかたげた湯上りのお富が登場してくるかも知れません。



因みに「処女翫浮名横櫛」(おとめごのみうきなのよこぐし)通称「切られお富」は黙阿弥が三世田之助に書き下ろした書替狂言(パロディ)で与三郎の替わりにお富が傷を受け(与三郎34箇所、お富75針)「お富久しぶりだな」は「だんなお久しぶりでございましたねー」に、「しがねえ恋の情けが仇・・・」の名セリフは「総身に疵の色恋も薩埵峠の崖っぷち」と対照されています。最近では昨年5月に国立劇場で前進座が上演しました。(これ見そびれてしまいました。残念!) 



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日本橋地区のシャッターを飾る浮世絵 (その4)

[ゆりかもめ] 2011年6月25日 08:30

 日本橋地区のシャッターに描かれている浮世絵を探して随分歩きました。

御蔭様で知らなかった道を歩いたり・・・・美しく咲く花を観賞したり・・・小さな公園を見つけたり・・・・楽しい時を過ごしました。

今回の「その4」で終わりにしたいと思いますが豆腐屋の「双葉」さんだけは何時いっても暖簾が絵の上にカかっていて写真に収める事が出来ませんでした。

今日は京橋地区と今までに訪ねても写せなかった浮世絵です。

      

      西勘本店   東京都中央区京橋 1-1-10   

               浮世絵  「東海道五十三次 京都三条大橋」

                絵師   歌川広重

   

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     ぶよお堂   東京都中央区日本橋 3-8-16 (地図の専門店)

             浮世絵   「地方測量之図」

              絵師   葛飾北斎

          

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      ホテルかずさや   東京都中央区日本橋本町 4-7-15

                 浮世絵  「本朝名橋之内 江都日本橋略図」 

                  絵師  歌川国芳    

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           上記の絵  左上を詳しく写真に収めました。

一度 上がっていたシャッターを「ホテルかずさや」さんの表でお掃除をしていた方にお話すると、もう一度シャッターを下ろして下さいました。 

感謝・・・・・感謝・・・です。

 

製作者の「福永明子さん」はお若い方で、シャッターの前で一生懸命に絵を仕上げていらした・・・・

と聞き素晴らしい事だと感心すると共に、彼女の御気持が伝わって来ました。

福永明子さんの他にも大勢の若い方々が中央区のシャッターの絵の制作に携わって下さった事と思います。

江戸の歴史と文化を守る若い方々の応援を力強く思いました。

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      板倉屋   東京都中央区人形町 2-4-2 

             作品  「人形町平成七福神 大黒様」

             原画   橋口 論

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       秋葉薬局    東京都中央区京橋3丁目6-1

       浮世絵    右より

                 「名所江戸百景 京橋竹がし」

                 「名所江戸百景 市中繁栄七夕祭」

                 「名所江戸百景 びくにはし雪中」

 

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