[O傘]
2010年9月 8日 11:35
第29回中央区観光大使・ミス中央の3名が決まりました。
鎌田真央(かまた まお)さん、小林沙央里(こばやし さおり)さん、そして佐々木久美(ささき くみ)さんです。
おめでとうございます。 (写真は左から、小林さん、鎌田さん、佐々木さん)
まだ厳しい残暑がつづいていますが、本選会を見てまいりましたのでご紹介します。
9月4日(土)三越日本橋本店1階中央ホールの「天女像」が見守る特設ステージで本選会が行われました。
本選会は、予選会(8月21日コートヤード・マリオット銀座東武ホテルで開催、89名が応募)を通過した22名のうち21名が参加して行われました。
昨年に引き続き、緊張をほぐすのが上手なタレントの小野ヤスシさんの司会そしてアシスタント(姫野さん)のコンビで、午後1時に本選会がスタートしました。
エントリーナンバー1番から12番のA組(11名、1名欠)とエトリーナンバー13番から22番のB組(10名)の2つの組に分けられて、最初にA組の出場者が壇上に並んで一人づつステージ中央のマイクの前で約1分間の自己PRのあと、審査員からの質問に答え、次にB組の出場者に交代する・・・という形で審査が進められました。
審査委員長は中央区観光商業まつり実行委員会委員長・中央区観光協会副会長の重盛氏です。
そして審査委員は、
銀座通り連合会理事長(小坂氏)、中央区教育委員会委員長(鈴木氏)、
中央区観光協会副会長・東京商工会議所中央支部副会長(細田氏)、中央区議会議長(中島氏)、中央区長(矢田氏)、東京新聞編集局長(河津氏)、(株)松屋常務執行役員(帯刀氏)、第24代中央区観光大使・ミス中央(井上氏)、中央区観光協会事業企画委員会委員長(潘氏)、
という そうそうたる顔ぶれです。
以上の審査委員10名の皆さんが、ステージのすぐ下にずらっーと陣取っていますので自己PRや質問を受ける出場者の皆さんは、さぞ緊張なさったことでしょう。
1時間20分ほどで審査が終了し、審査委員は別室で選考を行います。

その間、アトラクションとして、歌手「U(ゆう)」さんのマザーテレサに因んだ曲の独唱が行われ、美しい歌声に会場の皆さんはしばし聞き入っていました。
選考が始まってから30分後、いよいよ審査の結果発表です。出場者は天女像の両側の階段に並びます。
第28代中央区観光大使・ミス中央の澤田さんが審査結果の書いてある紙を審査委員長から受け取り司会へ手渡します。
そして小野ヤスシさんが3名の名前を読み上げます。 緊張の一瞬です!
最初に呼ばれたのはエントリーナンバー14番「佐々木久美(ささき くみ)」さん、
次にエントリーナンバー13番「小林沙央里(こばやし さおり)さん」さん、
そして最後によばれたのはエントリーナンバー19番「鎌田真央(かまた まお)」さんでした。
写真は、最後に鎌田さんが呼ばれてステージに出る瞬間です。とてもうれしそうです。
新しく観光大使・ミス中央になられた第29代の3人には、第28代観光大使・ミス中央の3人から、
「たすき」と「ガウン」を着せてもらい、そして栄光の「ティアラ」がそれぞれの頭に載せられました。
その後、新観光大使・ミス中央の鎌田さん、小林さん、佐々木さんの順で、審査委員長、区長、議長、協賛各社から、賞状、賞品、副賞が贈られました。大変豪華です!
授賞式のあと、司会の小野ヤスシさんが3人の新中央区観光大使・ミス中央に簡単なインタビューをしました。

そして、重盛委員長から主催者を代表して「選出された3名には、今後1年間、中央区観光商業まつりや区内の各種イベントに参加するとともに、中央区観光協会のブログなどで区のPR,イメージアップにつとめてほしい。選にもれた方は、この貴重な経験をそれぞれの分野に生かしてほしい。」などのご挨拶がありました。
最後に、記念撮影会(下の写真は、審査委員、第28代中央区観光大使・ミス中央と一緒に)。
左の写真は、新しく決まった第29代とこれまでの第28代中央区観光大使・ミス中央が仲良く一緒にカメラに収まりました。
(左から、小林さん、鎌田さん、佐々木さん、高城さん、澤田さん、三上さん)
澤田さん、三上さんそして高城さん、あっという間だったと思いますが、一年間本当にご苦労さまでした。これからも皆さんのことは決してわすれません。
第29回中央区観光大使・ミス中央 選考本選会は午後3時半ごろ滞りなく終わりました。
まだ興奮さめやらぬ会場にパイプオルガンの重厚な音色が響きわたっていました。
今日選ばれた鎌田さん、小林さん、佐々木さんの3人は、これから1年間、中央区観光大使・ミス中央として、
中央区の各種イベントやキャンペーン、外国客船の歓迎などの
30を超える行事に参加して中央区のPRとイメージアップにつとめるという大変仕事が待っています。
そして、是非、この機会に中央区をさらに深く知っていただき自己を磨きあげて、いろんな人と触れ合ってください。
私たち中央区観光協会特派員も応援しています。ご一緒に中央区に関する知識や経験を増やし、中央区のために頑張りましょう。(O傘(おーさん))
[与太朗]
2010年8月31日 10:00
「明治に一葉あり。昭和に時雨あり。」 その長谷川時雨が、主宰する『女人藝術』の埋草に書いたという名著『旧聞日本橋』。日本橋通油町に生まれた時雨が「アンポンタン」とあだ名された少女時代を回想したこの作品を読むと、明治初年の生家周辺の街の佇まいや周囲の人びとが生き生きと蘇えり、まるでタイムマシンに乗せられたような気がします。。今日は岩波文庫を片手に、ここに描かれたいくつかの舞台の跡を歩いてみました。
【写真上】は大伝馬本町通り。大門通りから緑橋方面を見る。工事中のスカイツリーが見える。
生家・・・日本橋通油町一番地
長谷川時雨は明治12年10月1日、日本橋区通油町一番地(現・中央区日本橋大伝馬町14)で官許代言人(弁護士)長谷川深造の長女として生まれました。通油町の真ん中を貫く本町通りは日本橋から浅草橋へ向かう江戸時代からの幹線。本町、大伝馬町、通旅籠町、通油町、通塩町と連なる問屋筋の多い街で、平行する石町通り(現・江戸通り)に比べ、当時街の位はずっと高かった。通油町は大門通りから浜町川緑橋までの本町通りの両側で、生家は本町通りを背中にして一つ小伝馬町寄りの小路に面していた。この小路は「うまや新道」と呼ばれ、向かいの小伝馬町側に馬車を扱う
大きな運送店があった。この店の前身は伝馬町牢屋敷御用、罪人引廻しの馬舎でした。
通油町の中央あたりに加賀吉という眼鏡・硝子問屋の大店があり、憲法発布の時は町内演説会の会場になった。弁者は明治十二年官許代言人、12人しかなかった最初の仲間の一人、当時の新智識と目された時雨の父でした。加賀吉は紅葉門下の小説家・書家である山岸荷葉の生家です。
ところで、通油町といえば江戸時代では一流版元の桧舞台だった所。鶴屋喜右衛門らが店をかまえ、蔦屋重三郎も吉原五十間道から進出、為永春水ものち書肆を通油町に持っています。蔦重の店
には馬琴や一九も働いていました。『旧聞日本橋』にはこの辺について何も触れていませんが、この地のDNAが本好きのアンポンタンに遺伝したのではと空想しています。
【写真右上】はうまや新道の生家あたり。
【写真右中】は大門通り。人形町方面を望む。
【写真右下】は緑橋跡。マンホールが見える。
大丸呉服店 大門通りの向こう側は大丸呉服店があった所。(現・中央区日本橋大伝馬町10) 広重の『名所江戸百景』にも描かれ、明治に入ってからも 「その当時の日本橋文化、繁昌地中心点」。大土蔵造りの有名な呉服店でした。元旦には近所の子供らにも振舞がありました。
【写真左上】大丸呉服店の跡。
【写真左中】お竹大日如来の井戸。うまや新道から二丁ばかり行くと、アンポンタンが通った源泉小学校。その少し先にある。
【写真左上】大丸呉服店の跡。
【写真左中】お竹大日如来の井戸。うまや新道から
二丁ばかり行くと時雨の通った源泉小学校。その
少し先にある。
牢屋の原
維新直後には牢屋敷の一角を無償でくれるというのを父が断った話がありました。伝馬町の大牢は明治8年まで存在し、明治15年ごろから寺院が建立されますが、立揃わないうちは努めて土地の不浄を払おうとしたのか、小屋がけ見世物で賑わったそうです。祖母は毎晩のようにアンポンタンをお供に、牢屋の原にできた弘法さま(大安楽寺)にお参りします。

【写真左】大安楽寺。処刑場跡に建立された。
佃島の住まい
父・深造は晩年佃島の相生橋畔に隠遁します。時雨は明治37年、夫と別居し父母の家に同居します。京橋区新佃西町三丁目5番地(現・中央区佃二丁目)。ここで女流作家の第一人者になっていきます。相生橋は木橋で、橋を渡る人は少なかった。永代橋の際から門前に着く渡し船があり、門の柳が渡し場の目印でした。時雨は佃の渡しで築地居留地の女子語学校(現・雙葉学園)に通ったようです。明治43年9月、佃島は津波で大被害を被りますが、父が丹精した松がしっかり根を固めたせいか防波堤は無事でした。
【写真下】相生橋から佃二丁目を見る。門の柳・防波堤の松はもちろん今は無く、見事な桜並木が続いている。

長谷川時雨は昭和16年8月23日に亡くなりました。冒頭の「明治に一葉あり・・・」は吉川英治の弔辞にある称賛です。また、『女人藝術』から多くの女性作家を世に送り出した大功労者で、野上弥生子は「鴎外や漱石のような不世出の人」と追悼しています。現在あまりポピュラーな存在ではありませんが、中央区内には時雨に関する碑や説明板など見当たらないようですね。(そういえば、中央区観光検定のテキストにも彼女の名前は無かったような。) とても残念な気がしてならないのですが。
「夏の下町の風情は大川から夕風が上潮と一緒に押上げてくる」。猛暑の一日でしたが、夕方近くには昔と同じ涼風が感じられました。
[O傘]
2010年8月30日 08:30
今年も「大江戸まつり盆おどり大会」が8月27日(金)、28日(土)の二日間、区立浜町公園で盛大に開催されました。夕方といってもまだ暑さが残る中、初日に行ってきましたのでご紹介します。
【会場の様子】
「大江戸まつり盆おどり大会」の江戸風大門をくぐってまっすぐ公園を進むと「友好・交流都市コーナー」の広場があり、それぞれの都市のテントでは物産・食品などの特産品を販売していました。

友好・交流都市は、石川町、桧原村、富士河口湖町、東根市、玉野市、栃木市です。
また、門をくぐってすぐ左側の小道には、区民施設(ヴィラ本栖、伊豆高原荘)PRのテントにつづいて、
中央区にあるアンテナショップ(北海道、新潟、群馬、青森、山梨、福島、奈良、山形)のテントが並んで特産品などを販売しています。
「大江戸まつり盆踊り大会」の門をくぐってすぐ左手には、「大江戸切り絵図」のパネルが目に飛び込んできました。「御曲輪内 大名小路絵図」、「神田浜町 日本橋北の図」、「本所絵図」、「内藤新宿 千駄ヶ谷辺の図」、「東都下谷絵図」など幕末の嘉永年間に作成した貴重な尾張屋版の切り絵11枚(「歳の市保存会」会長 渡辺氏寄贈)が展示してあり、江戸の昔を思い起こさせてくれます。
グランドは盆踊り会場です。 中央に櫓(やぐら)があり、午後4時から「日本の音頭」と題して民謡歌手の皆さん(藤山進さん、志摩ゆり子さん、福田昭三さん)による音頭が櫓の上から披露されて、民謡連盟の人たちがすでに踊りを始めていました。
周辺には、チケット販売所、各町会(月島連合、新川二丁目越一・越二、新富、日本橋三・五・七の部連合、京橋七の部八丁堀山王、勝どき豊海地区)のテント、
また心身障害児・者の進路と生活を考える会、実扇会、女性海外研修者の会のテントもあり、縁日の焼きそば、焼きとおもろこし、フランクフルト、かき氷、綿あめ、お団子などの食べ物や生ビールやソフトドリンクなどの飲み物を販売していました。
このほか、グランドには、久松交通母の会、着くずれ御直しコーナー、ゲームコーナー(有馬小学校、日本橋小学校PTA)、救護所などが設けられていました。
さらに、先日、人形町で開催されました「せともの市」、そしてこれから開催されます「べったら市」、薬研堀(やげんぼり)の納めの「歳の市(としのいち)」のテントも小規模ながらありました。
【オープニング・パレード】
午後5時30分、お囃子の車(浜町囃子山車)と2台の白バイに先導されて、パレードが始まりました。

横断幕は日本橋中学の女子生徒がもち、つづいて江戸消防記念会第一区のメンバーによる木遣り(きやり)と纏(まとい)振りの集団、そして中央区観光大使ミス中央の3人。

その後に元気な掛け声の子供神輿(みこし)・子供風船組(日本橋小、有馬小、久松小、常盤小)が続きます。神輿はそれぞれの小学校の手作りです。
パレードは人形町通りと甘酒横丁交差点を出発して甘酒横丁を通り、清洲通りを渡って浜町公園の会場に入りました。
【オープニング・セレモニー】
(江戸消防記念会の演技)
午後6時過ぎ、ご祝儀にと、江戸消防記念会第一区(主に中央区、江戸時代の火消し一番組、二番組に管轄に相当)の皆さんが「木遣り(きやり)」を歌って入場し、2本の「纏(まとい)の振り込み」、それに梯子(はしご)一基を使って3名の会員がそれぞれ「梯子(はしご)乗り」の技(わざ)を披露してくれました。
梯子乗りの技(わざ)では、「遠見(とおみ)」、「八艘(はっそう)」、「邯鄲(かんたん)」、「腹亀(はらがめ)」、「背亀(せがめ)」、「鯱(しゃち)」「肝潰し(きもつぶし)」そして途中技(とちゅうわざ)で「麻の葉」、「象鼻(ぞうばな)」、「腕溜め(うでだめ)」、「吹き流し」などを見せてくれました。観客から「かっこいい」、「うぉーすごい」のことばと惜しみない拍手が送られていました。
写真は腹亀です。
最後に、江戸消防記念会会長 鹿島靖幸氏による「一本締め(いっぽんじめ)」の手締めが行われました。
(主催者の挨拶)
最初に大江戸まつり実行委員会会長の小堀章三氏(日本橋5の部連合会会長)の挨拶がありました。お子様からお年寄りまで大いに踊って楽しんでください・・・とのご挨拶がありました。つづいて、中央区長の矢田美英氏と区議会議長の中嶋ひろあき氏からご挨拶がありました。
(下の写真は、左から小堀会長、矢田区長、中嶋議長の順)
お招きした来賓は中央区選出の都議 岡田まりこ氏、久松警察署所長 阿部氏、日本橋消防署 原氏で、町会出身の大江戸まつり実行委員会副会長も一緒にずらりと櫓の上に並びました。
オープニングセレモニーに同席した第28代中央区観光大使・ミス中央の澤田知美(さわだ ともみ)さん、三上真奈(みかみ まな)さん、高城あずさ(たき あずさ)さんにグランドでお会いしました。(写真は、左から三上さん、澤田さん、高城さんの順)
これが最後のお仕事でしょうか(?)9月には次の第29代ミス中央が決まるんですよね。
1年間、ご苦労さまでした。これからもよろしくお願いします。
【盆おどり大会】
オープニング・セレモニーが終わり、午後6時40分頃からいよいよ盆おどり大会です。
東京音頭などおなじみの盆おどりの曲、そして中央区オリジナル音頭「これがお江戸の盆ダンス」に合わせて櫓(やぐら)の周りに、民謡連盟や町会などのおどりチームを中心に踊りの輪ができました。
「これがお江戸の盆ダンス」は、曲の題や、歌詞に一部英語が入っているのを見ますと若い人しか踊れないのでは・・・と引いてしまう人もいるかもしれませんが、歌っている歌手も民謡歌手、そしてメロディーもやっぱり盆踊りの曲で、普通の盆踊りの曲としてとっても親しみやすいです。
ご存知の方も多いと思いますが、ご参考までに「これがお江戸の盆ダンス」の歌詞を載せます。(「東京中央ネット」のサイトから引用しました。)
大人から子供まで皆さん良く盆踊りをご存じで、身振り手振りよろしく、夜が更けていくに従い、大勢の人で盆踊り会場が一杯になり、次第に大きな渦になって踊っていました。
恒例になった「大江戸まつり盆おどり大会」、中央区の人口も増えていますので、「ふれあい」と「絆(きづな)」を深める故郷(ふるさと)中央区の大切なイベントの一つとして、これからもますます発展していくでしょう。
来年も楽しみですね。
[銀造]
2010年8月23日 08:30
8月21日、TVで放映された「新参者」の人形町コースを中央区文化財サポーターの方が案内してくれるというので、勇躍、楽しみに参加しました。
直木賞作家東野圭吾著『新参者』を原作にしたテレビドラマ「新参者」で話題沸騰の人形町をめぐるコース
水天宮社務所前(集合) →
甘酒横丁 →
末広神社 →
久松警察署 →
玄冶店 →
大観音寺 →
西郷隆盛屋敷跡 →
小網神社 →
人形町駅付近
人形町の産土神、子授けにご利益のある水天宮様からスタートしました。
私事ですが、結婚して1年、願掛けでお参りしたところ、長男が授かりました。

お参りして、犬を撫でている方々がいらっしゃいます。

人形町に、すっかり馴染んだからくり時計。

甘酒横丁の入り口で。

亀井堂さんです。
阿部寛さんのポスターが。
TVのシナリオでは、この向かいから、刑事が見張っていたとか。

浜町公園は、熊本の加藤清正公の下屋敷があった所です。
清正公にお参りした後、
左手の道路に出ると素敵な民芸品を取り扱いのお店が。

店内には、素敵な手拭いや小物が。
ご主人が粋ですね。

人形町のランドマーク。
明治座。
銀造は、9月に行きます。
演目は、HPでご確認下さい。
http://www.meijiza.co.jp/info/2010/09/main.html
ここが、鯛焼き屋さんのセットに使用されたとか。
この奥には、見番があった。
葭町の芸者さんは昭和の後半まで活躍されたそうです。

芸者新道を行く。
ガイドさんのはきはきした説明。
笑顔の素敵なお姉さんでした。

よし梅さんの建物は、文化庁の登録有形文化財。

日本橋小学校は、西郷さんの屋敷があった所ですって。
最後は、谷崎潤一郎生誕の地碑前にて、散会。
人形町コースは終りましたが、その他のコースのご案内の予定は、↓ です。
是非、ご参加申し込みを!
http://www.chuo-kanko.or.jp/machiaruki/index.html
[北遊人]
2010年8月17日 10:30
人形町から甘酒横丁を抜け清洲橋通りに出、向かい側明治座方面をみると何やら新しい表示板が目に入ります。

近ずいてみますと

涼しい道路~路面温度測定中~ というタイトルに出会います。
読んでみますと、
この通りの車道に塗られている灰色の塗装は遮熱性舗装といいます。
この舗装は、太陽からの熱を反射して道路の温度上昇を抑える快適な涼しい道路です。
とあります。
左側に、しろくまくんのイラストで今までの舗装とこの遮熱性舗装の比較の説明がされています。
まず昼間の様子、
今までの舗装は、太陽の熱を吸収して路面に熱がこもる、、、路面が熱い。
遮熱性舗装は、太陽の熱を反射するので路面に熱がこもりにくい。、、、路面が涼しくなる。
次いで夜間の様子、
今までの舗装は、昼にこもった熱が放出されるので路面は熱い。
遮熱性舗装は、熱がこもりにくいので夜も快適。
とあります。
右側に温度表示が見られます。

現在の気温 30,7℃
今までの舗装 38,9℃
遮熱性舗装 36,0℃
の表示が見えます。
外気温に対し道路表面の温度が上がっていることがわかりますね。
今日の効果は、3℃程ですが4~5℃の開きが見える時もあります。

上の画像は、この表示板前からの甘酒横丁側を見た清洲橋通りです。
注意してみますとこの特殊舗装は東日本橋辺りから見られます。
看板の所管、中央区役所 道路課へお聞きしましたら
遮熱性舗装そのものは以前から実行されているとのこと。
看板の方は初お目見えのようです。
暑い 今年の夏は、特に気になる表示板でした。
[北遊人]
2010年8月 3日 09:00
東日本橋のロータリーを浅草橋方面へ30メートルほど歩くと左側に洒落た喫茶店に出会えます。
名前は、Cafe 415 です。
先ずは外観をご覧ください。

森の中のイメージでなんとなく落ち着けそうです。
入り口を入るとイラストレーターの大森真志保さんのかわいいカードが目に入ります。
床は想像どうり木の床でした。
ちょうど昼近くでしたのでメキシカンタコライスとサンドイッチプレートを注文、、、。
ランチタイムサービスでスープとドリンクが付いていました。

コーヒーをお願いしラテアートを見せていただきました。

動かしたため少し形を崩し申し訳ありません。
スタッフのお嬢さん、まだレパートリが少なくてと謙遜してました。
腕をあげて皆さんを楽しませてください。
ところで、お店の名前の由来は?と聞きましたら 開店の決断をした日が4月15日だった とのこと。
コーヒータイムのひと時、心を和ませてくれるでしょう、、。