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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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本当は秘密にしておきたかった、とっておきのセール情報

[坂の上のねこ] 2011年10月31日 16:00

とってもお得な情報なのでぜひ皆さんにお知らせしたい、でも本当は知っている人をあまり増やしたくない・・と、このブログに掲載するかどうかずっと迷っていましたが、ついに今日は公表してしまいましょう、知る人ぞ知る「二幸のセール」です。

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(左)目印の看板 (右)10時の開場前からたくさんの人が並んでいます


毎月一度、2日間にわたって開催されるこのセール、食品、衣料品、雑貨が特別価格で買えます。中でもおすすめは英国の有名百貨店Hの商品。賞味期限間近の食品がと~ってもお得な値段で販売されています。あまりのお得価格なので購入価格は伏せておくことにします、ごめんなさい!

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ティーケーキ5個入りXX円、10個入りXX円、可愛いクリスマス缶入りクッキーXXX円 

 

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ティーシガー16本入りXXX円、缶入りクッキーXX円、ティーゼリー1個XX円


場所は中央区豊海町3-16 、日にちは毎月下旬(不定)です。
残念ながら同社のウェブサイトが現在アクセス不可能ですので興味のある方は頑張って詳細を探して下さい。

 

 

 

東京大茶会 10/22(土)・23(日) 浜離宮恩賜庭園

[ゆりかもめ] 2011年10月13日 08:30

浜離宮恩賜庭園では今年も東京大茶会が予定されております。

新しい体験で東京発の伝統を学びましょう!そして感動を・・・・・・

 

2011_1012 東京大茶会  写真0031.JPG 10月22・23日(土日)はI浜離宮庭園の中にいくつも茶席が出来ます。

 それぞれの方が御自分に合った御茶席で楽しまれる事を願っております。

茶道はじめて体験

茶道に触れたことのない人や子供達の為の茶道教室です。

野点

さまざまな流派による個性豊な野点を楽しめます。

高校生野点

これからの茶文化の担い手である高校生が主体となち運営している野点です。

茶席

「松の茶屋」「中島の茶屋」二つの風情ある空間での本格的な茶席です。

イングリッシュ野点

英語の解説を聞きながら楽しめる外国人の方の為の野点です。

江戸小路

邦楽演奏や日本の伝統品、江戸の昔にも食された軽食の販売と江戸時代にタイムスリップしたような賑やかな小路が庭園内に出現します。

                        浜離宮恩賜庭園 

                        東京都中央区浜離宮1-1

                        TEL  03-3541-0200 

 

 

 

 

 

川めぐり橋めぐり ~水上バス「カワセミ」から眺めるお江戸

[ビッキー] 2011年10月 1日 09:40

去りゆく夏を惜しむかのような晴天に恵まれた先日、ご縁があり 水上バス「カワセミ」号の試乗会に参加させていただきました!

こちらが「日本橋船着場」。おなじみ日本橋南側の交番下、滝の広場にあります。

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船は180度旋回し、隅田川へ向けて出発です!高速道路が日本橋川をすっかり隠してしまっているのが良くわかりますね。遠くに見えるは江戸橋。

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鎧橋、茅場橋、湊橋・・・と次々に橋をくぐり、ついに隅田川に合流です。永代橋のこの精悍なお姿!まさに「晴れて良かった!」のひと言です。後方には中央区の誇るウォーターフロント、リバーシティ21や中央大橋も臨むことができます。

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こちらも橋好きの心をくすぐる凛々しい姿、清洲橋!

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この後、新大橋、両国橋・・・とくぐりぬけ、いよいよ船は神田川へと入っていきます。こちらは柳橋のたもと。かつては隅田川の舟遊び客が多く、花街として栄えた名残を残すこの界隈。細い川に沿ってたくさんの屋形船が停留するなかを抜けていくのも、この「カワセミ」号の見どころのひとつです。

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こちらは、昌平橋。その上を通っているのは総武線の鉄橋です。秋葉原を歩くと目にする光景ですので、お分かりになるかたも多いのでは?

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さらに船は神田川を遡り・・・このルートのクライマックスに差し掛かります。ご覧ください、この聖橋の美しさ!言葉になりません。総武線、中央線、丸の内線とが交差するこのポイント、うまくいけばすごく良い写真が撮れるかも!ビッキーはあまりの感動で、シャッターを切るよりも風景を楽しんでしまいました^^

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こうしてカワセミ号は後楽園の先で左に折れ、再び日本橋川を下ってゆきます。俎橋、一ツ橋、錦橋、神田橋、鎌倉橋・・・普段は声優のお仕事もされているという素敵なお姉さんが、橋や川について分かり易く解説してくださいます。

さて、日本橋にもどってまいりました!おお、いつも上を歩いている日本橋が頭上に・・・不思議!  速度がゆっくりなので、日本橋を下からじっくり眺めることができました。

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普段歩いているわがまちを、川面から見上げるこの不思議な感覚。ぜひみなさんもカワセミ号で新しい「お江戸めぐり」」をお楽しみください!

 

東京水辺ライン「カワセミ」 日本橋川・神田川めぐり 約11km・所要時間約70分

http://www.tokyo-park.or.jp/waterbus/ 東京水辺ライン 03-5608-8869 (9:00~17:00)

*こちらは土曜日の不定期に運航されています。運航の有・無につきましては、かならずお電話またはホームページでご確認ください

 

 

 

越前堀の石垣石

[織衣舞] 2011年9月22日 16:45

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江戸時代、このあたりは越前国福井藩主 松平越前守の屋敷地であったようだ。

屋敷は三方が堀に囲まれていたため、
これが「越前堀」と通称されていたらしい。

越前堀の護岸は石積だったらしい。


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明治になり徐々に堀は埋められ

関東大震災後に大部分が、戦後に完全に埋めたてられました。

町名が新川となり現在に至っている。


 

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御菓子匠 「梅花亭」(旧霊岸島)の亜墨利加饅頭

[滅紫] 2011年9月 9日 08:30

9月8日は二十四節気の一つ、「白露」で「この頃から秋気が漸く加わる」と云われていますが、残暑はまだしばらく続くようです。とはいえ朝夕は少し涼しくなってきたような。・・こんな時期、仕事が一段落しホッとした時にやはり欲しいのはちっとした甘味。今回ご紹介するのは寛ぎのティータイムに、抹茶・緑茶・紅茶そしてコーヒーにも相性ぴったりの和菓子です。


100_0214.JPG御菓子匠「梅花亭」は嘉永3年(1850年)に大伝馬町で創業の老舗で東都のれん会加盟店のひとつです。
因みに東都のれん会加盟の「和菓子」のお店は5軒ありますがそのうち3軒は中央区にあります。
現在の望月生知枝様が七代目。創業者は嘉永6年(1853年)に初めて和菓子を現在のパン釜のような釜で焼いた焼き菓子「亜墨利加饅頭」を創作。折りしもペリー来航の年で大変話題となり大ヒット。2代目は「銅鑼焼き」を創出(平成10年から復活)、6代目は「梅もなか」、黒餡で皮の上にメレンゲをかけて焼いた「仏蘭西饅頭」を考案。
創業者は「生来の新しもの好きの上に無類の甘いもの好き」だったとのことで、創業者のこのDNAが後継者に引き継がれていたのか、代々時代に合わせて創意工夫を凝らしてきた結果、何れも現在まで続いているロングセラー商品となっているのには驚嘆です。


お三時に久しぶりに一服点てて亜墨利加饅頭をいただきました。「栗饅頭の原型」だと伺いましたが大きさといい、甘さといい程の良い上品さです。「お客さまに快いゆとりを味わっていただくこと」「庶民性の中に上品さを」がお店の言い伝えと伺い納得。江戸末期に創出されたお菓子を160年近い後世の私たちがいただくことができるという不思議さと老舗の継続の重みを感じながら、歴史の変遷にしばし思いを馳せました。


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亜墨利加饅頭、仏蘭西饅頭、銅鑼焼きです。

銅鑼に押し付けて焼いたように薄い皮に餡が挟まれています。



梅花亭のある新川2丁目は、以前は霊岸島といわれ、地名の由来は寛永元年(1624年)雄誉霊厳上人が葦原を埋め立てたところに霊厳寺を創建したことによるといわれています。霊厳寺は明暦の大火(1657年)で延焼し、その後万治元年(1658年)に現在の江東区白河に建替えられました。こちらには松平定信や大名の墓も多くあることで知られています。歴史的な由緒のある地名がどんどんなくなってしまい、この「霊岸島」も今はありませんが、歴史好きや時代小説好きの方には歌川広重の「東海道五十三次」の版元保永堂や河村瑞賢の屋敷があったところとしてご存知の方も多いことでしょう。梅花亭も当時「霊岸島といえば梅花亭」といわれる程地名と密着していたとのこと。お店の住所に(旧霊岸島)と記載されているほど今でもこだわりをお持ちと拝察いたしました。

帰路に「霊岸島」の名称を使っているところを発見。

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「霊岸島防災センター」という比較的新しい建物のようですが、何だかうれしくなって写真を撮ってしまいました。

傍の亀島橋を渡ったところに忠臣蔵の「堀部安兵衛」の碑もあります。



梅花亭さんが大伝馬町のべったら市の時期だけ作る「切り山椒」と「喜利羊肝」は江戸名物のひとつになっているとのこと。その時期にまた粋な女将さんにお目にかかりにお邪魔することにしましょう。


梅花亭:中央区新川2-1-4(旧霊岸島) TEL3551-4660-4039 

     日比谷線。東西線茅場町下車3分

深川不動尊仲見世店 TEL3641-3528

日本橋小伝馬町店 TEL3661-7604

定休日:日祝(深川店は無休 )営業時間:09:00~17:00

 

続きを読む: 御菓子匠 「梅花亭」(旧霊岸島)の亜墨利加饅頭

 

竹久夢二(1884~1934)港屋ゆかりの地 八重洲1-2-1

[ゆりかもめ] 2011年8月12日 08:30

画家であり詩人である竹久夢二は大きな目の可憐な少女の絵を描く事も得意でした。

呉服橋東詰には「港屋絵草紙店」の跡もみられます。

永代通りの「新呉服橋ビルディング」の前にそれが記されています。

この地は、夢二が暮らしデザインの発信をし、恋人彦乃との思い出の地でもありました。

お江戸日本橋の賑わいや風情も大好きだったようです。

でも大正12年の関東大震災が発生した直後の日記には「江戸はなくなったね・・・」と日記に記されています。


港屋絵草紙店跡地  旧呉服橋東詰2番地

大正3年~5年、夢二のデザインした小間物を売り東京の名物として知られたという。

2階にはギャラリーを併設、若き恩地幸四郎達が集まった。

震災や戦災を経験した街であるが夢二も詠んだ鈴掛(プラタナス)は再び旧店前の永代通りに茂っている。        2011_0810 待てど暮らせどこぬ人を  0054.JPG    待てど暮らせど 来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬそうな・・・・・・


2011_0810 夢二の手紙 2 0010.JPG 上記は「榛原に宛てた夢二の手紙]

下記の封筒の裏には「野州那須温泉 小まつや 竹久夢二」とある。

消印の「3・6・13」は昭和 3年6月13日と思われる。

「はいばらの、どうさのある方を百枚このものにお渡し下され候」とある。

榛原は夢二に封筒や便箋、千代紙、団扇などのデザインを依頼していた。

夢二は自分用に榛原の和紙を好んで使用する「お客様」でもあった。

          2011_0810 夢二よりの封筒 写真0015.JPG 「株式会社 榛原」の取締役会長の中村晴子様にお許し頂き特別に写真を撮らせて頂きました。

                      http://www.haibara.co.jp/


夢二は彦乃と共に日本橋や一石橋、日本銀行本店、三越本店等を歩いた事と思います。

        2011_0810  榛原の絵 0007.JPG榛原は文化3年(1806)創業以来200年・・・・余り・・・

和紙の老舗として東京日本橋本店を中心に和紙及び紙製品を中心に販売をなさって居ります。

「帝国日本東京日本橋之図」(明治20年頃)に描かれています。

雁皮紙榛原」の暖簾が示すように江戸の庶民に最初に雁皮紙を売り出したのが始まりです。

 

 

 

 
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