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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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盛夏の花だより<浜離宮恩賜庭園>

[サム] 2011年7月15日 13:00

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 関東甲信地方は昨年より8日、平年より12日早く、7月9日に梅雨明けし、いよいよ夏本番。

ここ浜離宮恩賜庭園ではアジサイはいよいよ名残り、ボタン園入口の花棚では朱橙色のノウゼンカズラが鮮やかに咲き乱れ、本格的夏到来を感じさせてくれます。

ボタン園奥の「野草園」ではミソハギに加え、キキョウ・カワラナデシコ・ハギが咲き始めています。

この他園内ではオミナエシ・カシワバアジサイ・サルスベリ・ヤブミョウガ、変わったところではツバキの実等も楽しめます。

7月15日(金)~8月13日(土)までの毎週金・土曜日は朝8時からの開園。

比較的涼やかな時間帯の園内散策はいかがですか。

           <ノウゼンカズラ>          <ミソハギ>           <キキョウ>

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       <カワラナデシコ>          <ハギ>             <オミナエシ>

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      <カシワバアジサイ>        <サルスベリ>         <ヤブミョウガ>

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グリーンカーテン

[ジミニー☆クリケット] 2011年7月 5日 08:30

暑いsun暑いsun日が続きますねぇwobblysweat01

今日は、少し毛色の変わった内容で、中央区にある某企業の省エネ対策を紹介します。

私の勤める会社なのですが、昨年からグリーンカーテンの取り組みをしており、今年も5月12日にゴーヤときゅうりを植えましたbud

こんな感じでしたdownちなみに、左手に見えているのは、中央区役所です。

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7月1日には、こんな風になってdown、午後の日差しをさえぎってくれてます。

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ビルの3階から7階までグリーンカーテンです。

階によっては、へちまや朝顔のグリーンカーテンもあります。

これからしばらくは、夕方になると、今日収穫されたゴーヤときゅうりを持って帰ってくれる社員をさがす事務の女の子の仕事がふえることでしょうcoldsweats01

 

 

 

中央区のラベンダー畑

[illy-ship燦壱朗] 2011年7月 1日 12:00

中央区にラベンダー畑を発見しました。

東京駅付近の外堀通りは西側の歩道の真ん中あたりが千代田区と中央区の区界です。

グラントウキョウサウスタワーの前の歩道にかわいいラベンダー畑があります。

今花の盛りです。

ラベンダー.jpg


 

 

潮の香りに誘われて

[下町トム] 2011年6月28日 08:30

中央区は〝水の都〟です。

川や運河は埋め立てられてかなり減ってしまいましたが、それでも水に囲まれた町ですね。さらに、海に面していることから、〝シーサイドタウン〟としての性格も有しています。


梅雨空のある日、〔豊海水産埠頭〕の方面に歩いてみました。

月島埠頭(1).JPG


水産会社の建物がたくさん見られるこの地域は、東京の食生活を支える役目を果たしています。冷凍倉庫が並ぶなかで聞いた話では、今夏の節電のなかで電力量をどう確保するかがけっこう大きな課題なのだそうです。


月島埠頭(2).JPG



さらに歩を進めると、大きなトラックが行き交うのを見ました。ナンバープレートに目をやると、〔岩手県・宮古港〕とありました。


大震災で被害を受けた地域の物資がこうやって東京に届いているかと思うと何だかほっとします。


そのまま豊海町の先端まで歩いて見ます。ここまで来ると、見晴らしが一気に広がって、レインボーブリッジや対岸の竹芝桟橋も一望できます。

潮の香りに誘われて、しばし岸壁にたたずみ、波のリズムに身を委ねてみました。

豊海水産埠頭(1).JPG


岸に繋留されているのは、東京海洋大学所属の練習船〔海鷹丸〕です。

かつて海軍の特務艦として使われていたものを戦後改造したそうですが、りりしい姿が東京湾によく映えています。



〝港町〟中央区の素顔をたまに訪ねてみませんか。新たな魅力に気づくと思います。

 

 

 

 

人形町の鯨の噴水、波紋の彫刻御存じですか?

[ムーミン] 2011年6月23日 09:00

NHKテレビの「日曜美術館」で紹介された彫刻家の中田浩嗣の石彫が、人形町一丁目の魚久本店の前のビルの角に設置されいいます。

鯨と波紋二点の三点組です。みていると アートで楽しい気分になります。

中田は 1954年淡路島に生まれ 石彫を中心としたモニュメント、壁画レリーフ等を数多く手がけ、公共スペースとのコラボレーション的な仕事に才能と技術を発揮してきました。

しかし 2008年7月に病気で亡くなりました。
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お江戸万治の太夫・仙台高尾の悲話が伝わる「高尾稲荷神社」

[ダンディ松] 2011年6月10日 15:30

現在の中央区には、かつてお江戸の時代に「日に千両がおちる場所」があったのをご存知でしょうか。

いずれもたくさんの人が集ること場所であることから、大量の銭が使われることを意味しています。

そんな場所が下記の三ヶ所だったのです。

(一)日本橋河岸の魚河岸
(二)日本橋堺町・葺屋町の芝居町
(三)傾城町として栄えた吉原(新吉原)
※江戸で最初の芝居小屋は寛永元年に猿若座が京橋に櫓を上げた事が始まり、その後幕府の命により禰宜町(ねぎまち、現在の日本橋堀留町)、堺町(現在の人形町)へと移転している。


さて傾城町・吉原はもともと現在の人形町界隈にあったのですが、あの明暦3年(1657)の江戸の大火「明暦の大火(振袖火事)」の後、万治2年(1659)に現在の淺草裏へと移転したのです。そして万治2年には隅田川に最初に架橋された大橋(両国橋)がこの年の12月13日に竣工しています。


今日のお題「高尾稲荷神社」には、この万治2年に起こった新吉原の妓楼「三浦屋」の二代目太夫・仙台高尾の悲しいお話が伝わっています。私にとっての仙台高尾のイメージが今人気のテレビドラマ「仁ーJin」に登場する花魁「野風」とダブってしまいます。


落語の「仙台高尾/浮世床」のまくらで語られる一節。
「えー、ェッ、昔からこの、人は名を残したいと言う事を申しますが。まァ、ァーッあの人が何をしたと言う、名前が残ると言うのはこれはまァ、ァーッ、容易ではございませんが。えー徳と言うものが無いとまァ名は残らないと申しますが。花魁なぞで、ェーッ、名を残したのが随分ございますが。えー、昔はこのォ、ォーッ吉原では松の位なんと言いまして、え大変見識を売りましたものだそうで。でお客様の方も、ォッ高い金を払って、その見識を喜んで買いに行ったと言う。」なんて調子で始まる噺ですが......。

DSC02604.JPGこの噺を要約すると、仙台六十二万石伊達綱宗が三浦屋の万治の二代目高尾、いわゆる仙台高尾を身受して、のちに芝の下屋敷へ舟で連れていく途中、三つ又(隅田川の現在の清洲橋と永代橋の間にあった砂洲)で吊るし斬りにしたという巷説があるんですね。(左:現在の三ツ又付近)
高尾には島田重三郎という情人があったので綱宗のいうことを聞かず、意地になった綱宗が高尾の体重と同じ重さの黄金二十貫で身請けしたという俗説もあります。

高尾の遺体が数日後、この地大川端(隅田川)の北新堀河岸に漂着し、当時そこに庵を構えていた僧が居合わせて引き揚げ、手厚く葬ったといわれます。高尾の不憫な末路に広く人々の同情が集まり、そこに社を建て、彼女の神霊・高尾大明神を祀り、高尾稲荷社としたというのが当社の起縁です。
稲荷社としては全国でも非常に珍しいことに、現在この社には実体の神霊(実際の頭骸骨)が祭神として安置されているのです。

DSC02586.JPG高尾稲荷の場所(中央区日本橋箱崎町:IBM社屋のすぐそば))
明治のころ この地には稲荷神社および北海道開拓使東京出張所(後に日本銀行開設時の建物)があったそうです。 その後現三井倉庫の建設に伴い社殿は御神体ともども現在地に移されました。

高尾が仙台侯に贈ったといわれる句
「君は今駒形あたり時鳥(ほととぎす)」

尚、仙台高尾の墓は台東区淺草の春慶院(浄土宗)の檀家墓地の入口の脇に置かれています。