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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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兜町の証券街に今に残る昭和の建築ロマン

[ダンディ松] 2011年5月18日 08:30

土曜日の兜町は人通りも絶え、静かな雰囲気を漂わせています。江戸橋から兜町へと向う道すがら、日本橋川を臨む橋の袂には昭和5年に竣工した三菱倉庫がまるで河岸に係留されている大きな船のような姿を現します。


DSC02594.JPG三菱倉庫を廻りこむように東証アローズへと歩を進めると、すぐ左手に現れる小さな社が「兜神社」です。首都高速の柱と橋げたに覆われるように佇むこの社こそ、この地が「兜町」と呼ばれる由来となった伝承が残されているのです。

そもそもの縁起が平将門の兜と言われているのですが、今からおよそ1070年ほど遡る頃の承平の乱で、藤原秀郷が将門の首を京へ運ぶ途中にこの地で将門の首に兜を添えたのですが、その際に兜だけを土中に埋め、そこに塚を造り供養したと伝えられています。そしてこの塚を兜山と呼び、この場所に神社が建ちいつしか岩だけが残ったのが一番古い伝承の話のようです。

DSC02595.JPGその他、1050年代に起こった前九年の役で源義家が奥州征伐へ向かう途中にこの地の岩に兜をかけて戦勝を祈願を祈願したとか、1080年代の後三年の役で奥州から凱旋した源義家が東夷鎮定の祈願のため兜を楓川の辺に埋めてそこに塚を作ったとか、さまざま伝承が残っているのが「兜神社」です。

※楓川はかつて存在した川です。日本橋川の兜町付近で南へ分流し、これもかつての京橋川と桜川の合流地点に至る約1.2キロの運河だったのですが、昭和35年に始まった埋め立てでその姿は消滅してしまいました。


兜神社を後に、証券取引所(東証アローズ)の西側にある見学者受付の前を過ぎると、その角にいかにも昭和初期のレトロ感漂わせる建物が目に入ってきます。兜町のド真ん中、周囲の高層のビルの谷間に人知れず佇んでいるといった表現がぴったりの古き時代を思い起こさせるような建物なのです。

DSC02598.JPG実はこの建物は現在もきちんと営業をしている「山二証券」で、見る方向によって3階建て、又は2階建てに見える趣ある建造物です。竣工時期は昭和11年ということですから75年前の歴史的建造物なのです。1階部分はおそらく御影石を積み重ね、2階、3階部分の外壁は煉瓦造りという凝った意匠。3階部分の丸窓はまるでバラ窓のようで教会のステンドグラスを思わせ、建物全体を覆う屋根瓦は適度な傾斜をもち見事なバランスを描きだしています。一瞬、ヨーロッパの旧市街の一角に迷い込んだような空間を愉しめます。


そしてこの山二証券の隣にもう一つ同じようにレトロ感を漂わす建物 DSC02600.JPGがあります。この建物も証券会社さんで、ちょっと前までは「成瀬証券」の看板が掲げられていました。建物全体は御影石を積み重ねた重厚感のあるどっしりとした造りが特徴です。竣工時期は昭和10年ですからこれも75年の歴史を刻んでいます。

現在はシンガポールの財閥系証券会社「フィリップ証券」と商号を変えています。正面ファサードは左右対称を基調にしたもので、いたってシンプルなデザインの中に直線の美しさと力強さを感じます。正面入口にはこれまたレトロ感を漂わす外灯が備わって、ファサードにアクセントを付けています。たまたま社員の方がいたのでお話を伺った DSC02601.JPGのですが、床は大理石ですかと聞いたところ、以前は木製の床だったのですが、コンピューターの普及によりランケーブルの配線を隠すため床を上げ、現代風の絨毯張りに変わったとのことです。それでも裏手の入口から中を覗くと、床は細かいタイルが敷き詰められ、木製の柱や上階へとつづく階段には70年以上の歴史を刻み込んだ「いぶし銀」の輝きを感じることができました。


古い建物が取り壊されモダンな姿に変わる大都会の中で、昭和初期の建造物がいまだ健在であることに感動を覚えると同時に、古いアルバムを見ているような懐かしさを感じた瞬間でした。

 

 

 

中央通り「はな街道」

[O傘] 2011年5月14日 16:17

季節の花々で彩る中央通りの「はな街道」。ご存じの方も多いと思います。

はな街道マップ.jpg京橋から日本橋そして室町まで、歩道の車道寄りに何気なく花壇が続いています。

IMG_9883compcol.JPGのサムネール画像この春は色とりどりのパンジーが行き交う人の目を楽しませ、心を和ませてくれています。

 


「はな街道」は、平成14年(2002年)12月に江戸開府400年を記念し1年間の社会実験としてスタートし、

その後「名橋「日本橋」保存会」・「日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会」の後援により、

国土交通省東京国道事務所との共催でNPO法人「はな街道」が、水奉行(地元沿道の町会員のボランティアによる花壇の水撒きや歩道の清掃活動)・花奉行(年4回、季節の花々を咲かせる費用を提供する人や企業・団体)、そして町会・商店会・地域活性化団体などの協力を得て実行しています。

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常盤小学校の児童も地域ボランティアとして花壇の花植え体験を通して中央通りの美化に一役買いました。 昨年まで、夏には真っ赤なサルビア、秋にはフレンチゴールドの花で中央通りが彩られました。 

IMG_9338compcol.JPG 花壇を良く見ると、花奉行水奉行になった企業・団体や、花壇が所属する町会の名前が記された小さなパネルが花壇ごとに立てられています。


IMG_9352tcolcomp.JPGのサムネール画像のサムネール画像  IMG_9902tcolcomp.JPGのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像   IMG_9931tcolcomp.JPGのサムネール画像   

  IMG_9370comp.JPGのサムネール画像のサムネール画像

そして、パネルにはもう一つ、立春・春分・秋分・夏至・冬至などの「二十四節気」(にじゅうしせっき)や、季節の気象の動きや動植物の変化を知らせる「七十二候」(しちじゅうにこう)の漢字熟語が書いてあり、その読みと意味が記されていて季節を表す熟語として大変参考になります。

江戸時代の人が季節を感じながら自然を受け入れながら生活を営む様子が察せられ、思わず立ち止まって読んでしまいました。これを知っていると博学だと思われるかも・・・。

 中央通りの「はな街道」、花を楽しみながら時々はよく見てみましょう。新発見があるかもしれません。


 

 

 

銀座に届いた「初夏」

[サム] 2011年5月12日 08:30

R0013480S.JPG R0013478SS.JPG 銀座ソニービルでは2011年5月から「Ginza Flower Letters」と題し、それぞれの季節を代表する花卉の一足早い展示が企画されているが、その第一弾として5月10日から5月15日の期間、ソニースクエア<屋外イベントスペース>に千葉県館山市西岬産のひまわり約3,000本が登場。

1Fエントランスホールにも15種類の様々な品種が展示され、銀座で一足早い初夏を楽しむことができる。

尚東日本震災被災者へのお見舞いと復興を願うチャリティイベントも併せて開催予定。

       <ビンセントオレンジ>     <ビンセントタンジェリン>   <ビンセントクリアオレンジ>

   ヒマワリ(ビンセントオレンジ)RS.JPG   ヒマワリ(ビンセントタンジェリン)RS.JPG   ヒマワリ(ビンセントクリアオレンジ)RS.JPG

       <ゴッホのオレンジ>        <モネのオレンジ>         <東北八重>

   ヒマワリ(ゴッホのヒマワリ)RS.JPG   ヒマワリ(モネのヒマワリ)RS.JPG   ヒマワリ(東北八重)RS.JPG

      <レモネード>         <フレッシュレモン>         <レモン>

   ヒマワリ(レモネード)RS.JPG   ヒマワリ(フレッシュレモン)RS.JPG   ヒマワリ(レモン)RS.JPG

       <チョコフレーク>           <パイン>          <レモンエクレア>

   ヒマワリ(チョコフレーク)RS.JPG   ヒマワリ(パイン)RS.JPG   ヒマワリ(レモンエクレア)RS.JPG

          <オレンジ>        <フレッシュオレンジ>

   ヒマワリ(オレンジ) (2)RS.JPG   ヒマワリ(フレッシュオレンジ)RS.JPG   R0013481RS.JPG                                    

  

  

  

 

 

震災後のゴールデンウィーク最後の日曜日・銀座通り8景

[ダンディ松] 2011年5月12日 08:30

東日本大震災の影響が覚めやらない今年のゴールデンウィークは、都内の繁華街はいずれも例年の賑わいとはいかないようです。

そんなゴールデンウィーク最終日5月8日(日)の午前中の銀座中央通りの様子はいかがなものかと一人「銀ブラ」を愉しみました。

普段の日曜日であれば中央通りに面した名だたるブランドショップの前は開店前を待ってアジアからの観光客が列をなして、様々な言語が飛び交っていたことが嘘のように静かな空気が流れていました。

DSC02579.JPG中央通りを新橋側から歩きはじめたのですが、時間は午前10時30頃のH&M前。あの人気のH&Mですら11時の開店前の客の姿はまったくありません。H&Mのお洒落なビルの壁面に掲げられた女性が行き交う人がまばらな歩道を見下ろしています。

 

 

 

DSC02578.JPG初めて知ったのですが、このH&M前の歩道にメタリックな素材でシンプルなデザインのデジタル時計が置かれています。こんなお洒落な時計は銀座中央通りにはここにしかないのではないでしょうか?

ビルに遮られ陽射しが届かないH&M側の歩道を4丁目の交差点へと歩を進めていきます。それでも歩道を歩く人はほんとうにまばらで、これが日本を代表するショッピングゾーンである銀座かと見まがうばかりの光景が目に飛び込んできます。


いつも待ち合わせの人で賑わう4丁目交叉点の三越正面入口もいたって静かな雰囲気を漂わせ、中央通りと晴海通りを走る車の数も日曜日であることを考えても極めて少ないことに驚きます。


4丁目交叉点を過ぎると中央通りの中でも最も海外有名ブランドの店舗が集中するエリアです。パリであればシャンゼリーゼ通り、ロンドンであればさしずめリージェント通りかオックスフォード通りに匹敵する世界に名だたるブランド通りです。大きく違うのはかの地の有名ブランドショップのほとんどが、古めかしい石造りの堂々とした建物に店を構えていること。

ここ数年で銀座中央通りを含め、晴海通り界隈には名だたる海外ブランドショップの真新しいモダンなビルが次ぎから次へと建てられ、まさに現代建築の博覧会といった様相を呈しています。ブランドそれぞれに独自のアイデンティティとイメージを建築デザインに取り込み、それぞれのブランドロゴマーク同様にその存在感をいかんなく発揮しています。

そんな中でも銀座2丁目から3丁目界隈はブランドショップ天国で、日本人はもちろんのこと多くの外国人の垂涎の的となっています。私自身はブランドにはさほど興味はないのですが、銀座中央通りを飾る海外ブランドショップの「これでもか」とその存在感を表す店舗建築のデザインや店舗ファサードの奇抜さにふと足を止め、眺めいってしまうのです。


DSC02580.JPGその代表的な建築デザインが世界に感たるコンピューターブランドであるアップルショップです。メタリックな正面ファサードにあのシンボルマークである「アップル(りんご)」がこれみよがしに描かれています。「i-Pad2」が販売され間もないためか、店内は多くのアップル愛好家たちでごった返していました。私事ですが、震災後の消費に少しでも貢献できればと以前から欲しかった「i-Pod・160GB」をアップルショップで購入しました。

 

DSC02584.JPGアップルショップの反対側には前面ガラス張りの白亜のデパート「松屋」がまるで見る者を圧倒するかのように横たわり、その1階には世界のブランド「ルイヴィトン」が堂々と店を構えています。

 


 

 

DSC02581.JPG DSC02583.JPGアップルショップを過ぎてすぐ左手には誰もが憧れるブランド「シャネル」そして路地を挟んであのカルティエ、中央通りを挟んでカルティエの反対側にはブルガリ、宝石のティファニーといった誰もがご存知のブランド店がひしめいているのです。

 

DSC02582.JPGとは言え、いずれのブランド店も開店時間を過ぎても店内には客がまばらで、震災前まで日本を席捲した中国観光客の激減はいやおうなしにこれらブランドショップにも大きなダメージを与えているように思えます。


DSC02585.JPGご覧下さい。5月8日(日)午前11時すぎの銀座中央通りの様子です。なんとも寂しい限りです。
銀座の元気は日本の元気。華やかな銀座を彩るのは元気な日本人とやはり外国からのお客様。はやく以前の賑わいが戻るよう心から祈っています。


 

 

首都高速上の薔薇

[illy-ship燦壱朗] 2011年5月12日 08:30

1bara.jpg bara2.jpg

中央区は意外にも薔薇がたくさんあります。新富橋公園の薔薇が満開で見頃です。


 

 

〔海水館〕跡から〔相生橋〕へ

[下町トム] 2011年5月11日 23:59

月島駅1番出口を出て晴海運河のほうに少し歩くと、晴海運河の堤防脇に〔海水館〕の記念碑が建っています。


海水館の石碑.JPG


説明版によると、1896(明治29)年に、新佃島が造成された後、明治末から大正にかけてこのあたりに〔海水館〕が建っており、風光明媚なビュースポットとして多くの文人墨客に愛されたということです。島崎藤村や小山内薫、竹久夢路などの有名な文化人も訪れたり創作活動をしたようです。


当時は、当然ながらここから先は海でしたから、遠く房総半島を望むリゾートのような感覚を味わえたのではないでしょうか。

晴海運河を望む.JPG

今、同じ場所から海のほうを見てみると、江東区豊洲地区の高層建築物が見えるばかりです。



海水館付近の案内板.JPG



でも、ここから佃にかけての川沿いには散歩道が整備されており、川風に吹かれて歩くのも気持ち良いものです。佃島の外周を歩いて〔中央大橋〕から新川方面へ渡るもよし、そのまま〔住吉神社〕あたりを通って月島駅に戻るのもよし、というところでしょうか。



相生橋を望む.JPG

〔海水館〕跡から〔清澄通り〕に出るあたりからは、江東区越中島につながる〔相生橋〕が望めます。橋の途中に小島が見えますね。実は〔相生橋〕はもともとは連続した2つの橋の総称だったのです。
小島には同根から生える〝相生の松〟というのがかつてはあったそうで、それが名前の由来とも言われています。


リバーサイドの散策のついでに様々な景色を楽しんでみてください。

 

 
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