[ゆりかもめ]
2011年6月 3日 08:30
雨が降ったり止んだりの中・・・・・・
浜離宮の紫陽花の中で真っ先に元気よく咲くのは原種であるブルーの山紫陽花です。
船着場近くに咲いて居ます。

バイカウツギ(梅花空木)
清楚な4弁の花が梅の花に似ているので「梅花空木」と名がついたそうです。
仄かな香りがあります。
※ 梅の花は5弁です。
ヤエザキバイカウツギ(八重咲梅花空木)
船着場付近で咲き山紫陽花と共に美しさを競っています。
桜の実
桜の木の下を注意してみると庭園の中ではこんなに綺麗な「桜の実」を見つける事が出来ます。
葉陰ごしに太陽を受けている「桜の実」が宝石のように見えました。
ヒメタイザンボク(姫泰山木)蕾
この蕾を見つけ、もうすぐ咲くのだと思うとドキドキして写真を撮りました。
北米が原産で「ルイジアナ州」や「ミシシッピー州」の洲花になっています。
アメリカの第18代大統領のグラントさんが公務を離れ家族と共に世界一周の旅をなさった時、
浜離宮の延遼館に2ヶ月滞在し明治天皇にも御会いになった記録が残されています。
その時夫人が植樹した泰山木が今も上野公園に現存し碑が建てられています。
ヒメタイザンボク(姫泰山木)の花
咲いた時は白いのですが少しクリーム色に見えるのは何日か経ってしまったからです。
とても良い芳香があり近づくと「別世界かな???・・・・」と思う程です。
花木園にあるこれは園芸種なので花の直径は10cm程ですが本当の花は15cm~25cmの大きな花を咲かせます。
浜離宮恩賜庭園
東京都中央区浜離宮1-1
電話 03-3541-0200
[酔生(すいしょう)]
2011年6月 2日 08:30
今年は岡本太郎生誕100年。
東京の街角で見られる岡本太郎の作品としては、渋谷駅の「明日の神話」や青山のこどもの城にある「こどもの樹」が有名だが、どっこい我らが中央区にも岡本太郎の立体作品がある。
数寄屋橋の交差点近く、泰明小学校裏の数寄屋橋公園にある時計台だ。

旧東芝ビルと首都高の間に挟まれた、存在にさえ気づかずに通り過ぎてしまうくらい地味で小さな公園の空気に溶け込もうと努めるも、周囲に放たれるオーラを抑え切れない。
岡本太郎の時計台はそんな様子で佇んでいる。

それにしても、仮に文字盤に「TARO」の署名が入っていなくたって、誰もがひと目で岡本太郎の作品だとわかる強烈な個性はすごい。
今の日本の、国家にとって都合のいい人間を量産するような教育システムからは、岡本太郎のような個性はけっして育たないだろう。
[サム]
2011年6月 2日 08:30
関東地方は5月27日に梅雨入り。
平年より12日、昨年より17日早い。統計を取り始めた1951年以降関東甲信では史上2番目の早さだと云う。
雨がしとしと降る梅雨の季節は、とかく人のこころを憂鬱にしがち。
しかしこの時期、植物の緑の美しさは目を見張るものがある。
特にこの時期を代表する花である紫陽花(アジサイ)のしっとりとした風情は格別。
銀座・ミキモト本店前「ミキモトガーデンプラザ」に今年もアジサイが登場、季節の彩りを添えている。
品種は涼しげな「アーリーブルー」。予定では6月8日までの展示と聞く。
[ゆりかもめ]
2011年5月27日 10:00
暫く日本を離れて居り久し振りに浜離宮を訪ねましたら心地よい初夏の風が吹いていました。
ヤマボウシ カシワバアジサイ 桑の実等・・・・・・多くの花々が私を迎えてくれました。
 写真0015-thumb-autoxauto-6160.jpg)
山法師(ヤマボウシ)
ヤマボウシの名は中央にある円形の小さな花の部分を僧の頭に見せて、花びらのように見える白い総苞片(ソウホウヘン)を頭巾に見立てて名がつけられました。
街路樹等で多く見られる「ハナミズキ」はヤマボウシ」とよく似ているので「アメリカヤマボウシ」とも云われています。
地方によってはヤマボウシが咲き出したら田植えを始める風習が今も残っています。
10月には実が赤く色づき食べられます。
ハナミヅキの実は食べられません。
写真0020-thumb-autoxauto-6162.jpg)
柏葉紫陽花(カシワバアジサイ) 北米原産
葉が柏の葉に似ているところから名がつきました。
この葉は秋には真っ赤に紅葉します。
花木園に植えられています。
今が見ごろです。
桑の実
八代将軍吉宗は現在の野外卓広場を実用的に使用し実験の場としました。
甘藷を植えたり薬草を植えたり、刀鍛冶を作ったり狼煙を上げたり塩を作ったり・・・・
桑の木を植え蚕を飼って機織小屋で絹の布を作り桐の箱に入れて大切な御客様の御土産にしたりしました。
その時の名残で今も野外卓広場には桑の木があります。
良く熟れた実を一粒、口に入れてみました。
甘くて美味しい・・・・・懐かしい味です。
他にボケの実 梅の実 モミジの実 ヤマブキの実・・・・等 実とつけた木々が幾つかあります。
ユリノキ
ユリノキは明治初頭に渡来し街路樹として多く植えられています。
原産地は北米で木の高さが50m~60m、直径は3mにも達します。
アメリカインディアンは昔、この木をくり抜いてカヌーを作っていたそうです。
花の形がチューリップに似ているので「チューリップツリー」とも呼ばれます。
葉の形が職人の着る「ハンテン」に似ているので「ハンテンボク」とも云われます。
蕾しか撮る事が出来ませんでしたが黄色い大きな花です。
内堀広場に咲いています。
浜離宮恩賜庭園 東京都中央区浜離宮1-1
サービスセンター 03-3541-0200
[下町トム]
2011年5月24日 08:30

〔晴海〕は今また新たに発展しつつある地域です。
この画像は豊海方面から晴海を望んだところですが、〔晴海トリトンスクエア〕の高層ビル群がよく見えます。これ以外にも、高層マンションなどが新しく増えつつあります。

晴海埠頭へ延びる広い道路は、街路樹が海への憧憬を表現しているかのようです。この奥にはかつて〝国際見本市会場〟があり、時代の最先端を表す実験空間として全国から注目されていたものです。

そもそも、晴海地区では、戦前「国際博覧会」(万国博)の開催が計画されていました。具体的なプランも完成し、一部チケットも売り出されたそうです。さらには、東京市役所(当時)の新庁舎建設計画もあったとのことです。
1940(昭和15)年に予定されていた万博開催計画は、結局戦火が近づく中、中止となりました。

万博会場のメインゲートあたりだったと思われる〔晴海三丁目交差点〕に立って、当時のことを想像してみます。おそらく今〔晴海大橋〕に続く道路のあたりに、中心的なパビリオンが建設予定だったはずです。もし博覧会が開催されていたら、この町はどのように発展したのでしょうか。
〝万博〟は夢に終わりましたが、その時に移動経路として計画された〔勝鬨橋〕は完成し、中央区の名物風景の一つとして親しまれています。中央区がこれからも時代の夢を語る土地であってほしいと願うばかりです。